目高の大築地(羽柴秀吉軍もしくは毛利軍の陣所跡)

●目高の大築地(羽柴秀吉軍もしくは毛利軍の陣所跡)
住所:兵庫県佐用郡佐用町目高
駐車場:不明
遺構:曲輪、土塁、堀
標高:401メートル/比高:326メートル

 南北に大築地があることからこう呼ばれている。地元では「おおつんじ」と呼ばれており、羽柴秀吉が第一次上月城攻防戦の際に築いたとも毛利軍が第二次上月城攻防戦の際に築いたとも伝わるが定かではない。西側に築地があることから秀吉築城説が有力だが、毛利軍が兵の駐屯のため利用した可能性もある。

(南砦の曲輪1。土塁があった。水源地があるとのことだったが見逃した。場所は下の概略図を参照)
南砦の曲輪1

南砦の曲輪1

南砦の曲輪1

(曲輪2)
曲輪2

曲輪2

曲輪2

曲輪2

曲輪2

(戻って北側に向かう。写真はAの地点で西側に土塁があるのが分かる)
Aの地点

Aの地点

(曲輪というより斜面の3)
斜面の3

斜面の3

(曲輪というより斜面の4)
斜面の4

(曲輪5)
曲輪5

(曲輪6。ここが北砦だろう)
曲輪6

曲輪6

曲輪6

参考文献:兵庫県の地名2、中世播磨250の山城、歴史と神戸:神戸を中心とした兵庫県郷土研究誌 29(4)、佐用の史跡と伝説 改訂増補

感想:自分は上月城からずっと歩いて来ましたが寄延や目高地区の鋪装された道を車で上がって山頂近くに駐車すると簡単に行けます。駐車する場所は自分で探してください。

(概略図。クリックすると別のタブが開きます)
概略図



柊神社(上月城の石釜)

●柊神社(上月城の石釜)
住所:兵庫県佐用郡佐用町寄延
駐車場:なし

 創建年代などは不明。上月城の戦いで炊飯用に利用したという石釜がある。

(全景)
全景

(拝殿)
拝殿

拝殿

(本殿。石釜はこの土台部分か? 上月城の戦いの際、利用された土塁があるということだったが後ろの少し盛り上がった部分だろうか。土塁があるということはここも砦だったのだろう)
本殿

本殿

感想:場所を見てもらったら分かりますが行くには登山になります。
 石釜と土塁は目高の大築地の話かもしれません。資料の文面が分かりづらくて・・・。



播磨 北条砦(羽柴軍もしくは毛利軍の陣所跡?)

●播磨 北条砦
住所:兵庫県佐用郡佐用町下秋里(字 北条)
駐車場:不明
遺構:曲輪、土塁、堀、土橋
標高:301メートル/比高:211メートル

 築城年代など城史は全て不明。羽柴秀吉軍の陣所と伝わる目高の築地と上月城の中間にあるため、羽柴軍(もしくは毛利軍)が上月城を攻めるために平削された可能性がある。

(目高の築地への途中、この案内板を見たので周辺を調べてみた)
案内板

(曲輪1)
曲輪1

曲輪1

曲輪1

(南東に延びている曲輪2。下秋里の谷から来る敵への警戒のため?)
曲輪2

曲輪2

曲輪2

(土橋)
土橋

土橋

感想:目高の築地のある西側に土橋がある以外は目立った防御施設がないことから、目高の築地が抜けられた際に敵を食い止めるために築城されたのかもしれませんが、不明な点の多い砦です。
 昭和時代の本を読むと寄延陣屋というのがありここからもしれませんが(砦の場所が下秋里と寄延の境にある)確証がありません。

(概略図)
概略図