高野山奥之院の五輪塔3 伊達秀宗の墓(供養塔)

●高野山奥之院の五輪塔3 伊達秀宗の墓(供養塔)
住所:和歌山県伊都郡高野町高野山(字 奥ノ院(原文ママ))
駐車場:入口にあり

 高野山での菩提寺は北室院。伊達秀宗(天正19(1591)年~明暦4年(1658)年)は伊達政宗の長男(ただし庶子)で大坂の陣に参陣した。政宗と正室の間に伊達忠宗が生まれていたため、大坂冬の陣後に伊予宇和島10万石を与えられ宇和島伊達家の初代当主となる。

五輪塔の正面には下記の通り刻まれている。
奉為豫刕宇和嶋城主
 伊達前四品侍従遠刕太守
  藤原朝臣秀宗公
(梵字ア)等覚寺殿頂山紹玄
   大居士一周忌薦福也
  施主孝子伊達大膳大夫
  宗利剣営之
干時万治二歳次巳亥六月八日

伊達秀宗の墓(供養塔)

伊達秀宗の墓(供養塔)

参考文献:戦国武将と高野山奥之院: 石塔の銘文を読む

感想:特にないです。



伯耆 下福田城(高城城の詰めの城ヵ)

●伯耆 下福田城
住所:鳥取県倉吉市下福田(字 小谷、定福寺)
駐車場:なし
遺構:曲輪、空堀
標高:62メートル/比高:18メートル

 城史は不明。南にある高城城の詰めの城で応仁の乱以前に築城されたと考えられている。

(下の縄張図の曲輪1の西にある空堀。1は墓地になっていたので撮影していない)
空堀

(曲輪2)
曲輪2

(曲輪の1と2の間にある土橋。前の竹藪が主郭)
土橋

(曲輪1の下にあった祠)
祠

(主郭の南と西にある空堀1と西の土塁)
空堀1

空堀1

空堀1

空堀1

空堀1

空堀1

(注意書きが落ちていた)
注意書き

(ペプシコーラの1リットル瓶も落ちていた)
ペプシコーラの1リットル瓶

(主郭)
主郭

主郭

(曲輪3とその東西)
曲輪3

曲輪3

(空堀2。写真では伝わりづらいが奥の方は深さが3メートルくらいある巨大なものだった。自分はここが一番の見所だったかな)
空堀2

空堀2

空堀2

(全景)
全景

参考文献:鳥取県の地名、鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)、とっとりデジタルコレクション『高城城跡・下福田城跡』

感想:上記の通り、普段は私有地で入れないのですが地元のイベントに参加して入らせてもらいました。おぼろげな記憶ですがタケノコ泥棒の被害に遭われるらしく見つかったら本当に通報される可能性があるので勝手に入るのは絶対に止めた方がいいです。
 本文で「詰めの城」と書きましたが高城城の方が高い位置にあるため、居館か寺院(北側の主郭周辺の字が定福寺)跡に思えました。
 同じ倉吉市の市場城と雰囲気が似ていました。

(縄張図。クリックすると別タブが開きます)
縄張図


掲載の縄張図について


高野山奥之院の五輪塔2 伊達忠宗の墓(供養塔)

●高野山奥之院の五輪塔2 伊達忠宗の墓(供養塔)
住所:和歌山県伊都郡高野町高野山(字 奥ノ院(原文ママ))
駐車場:入口にあり

 高野山での菩提寺は北室院。伊達忠宗(慶長4(1600年)~万治元(1658)年)は伊達政宗の次男で仙台藩の二代目藩主。仙台藩の基礎を固めた名君として知られる。

(正面)
奉為奥刕仙台前松平陸奥守
藤原朝臣忠宗公
    大慈院前羽林
(梵字ア)義山仁公大居士
一周忌追善也
施主孝子松平陸奥守綱宗建立
干時万治二巳亥年七月十二日

伊達忠宗の墓(供養塔)

伊達忠宗の墓(供養塔)

参考文献:戦国武将と高野山奥之院: 石塔の銘文を読む

感想:五輪塔を建立した忠宗の息子で仙台藩三代藩主・綱宗は問題行動や家中の混乱などで若くして隠居させられ、2歳の長男・亀千代が継ぎます。これが有名な伊達騒動に繋がります。