鰐鳴八幡宮(大内氏、毛利氏の崇敬を受けた神社)

●鰐鳴八幡宮
住所:山口県山口市上小鯖583
駐車場:あり

 祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后など。寛弘4(1004)年、豊前の宇佐八幡宮から勧請したと伝わる。神霊を迎えに行った帰り、瀬戸内海から椹野(よしの)川を遡り鰐石(山口市鰐石町)に上陸した。船に従っていた鰐(わに)が別れを惜しみ鳴いたことから鰐鳴という伝承から社名が付けられている。
 小鯖地区以外にも多くの氏子がいたが、正治元(1199)年に吉敷郡南部の村と小鯖村との間で論争が起きたため南部の村々は小俣八幡宮を建立して当社と離れた。当地を治めた大名の崇敬が篤く「防長風土注進案」には文安5(1448)年に大内教弘、永禄3(1560)年に毛利隆元、永禄10(1567)年に毛利輝元などの免田(特定の課役を負担することを条件に公田であることを免ぜられた田)の安堵状が掲載されている。
 本殿・拝殿などが山口市の指定有形文化財で、近世初期から始まった祭礼の小鯖代神楽舞は県指定無形民俗文化財である。

(一の鳥居)
一の鳥居

(参道)
参道

(二の鳥居と社殿)
二の鳥居と社殿

(狛犬)
狛犬

(よみがえるのカエル。当社によみがえり伝説があるかもしれんけど知らん)
よみがえるのカエル

(庭)
庭

(寛政3(1791)年に建立された拝殿。楼門形式の拝殿で、正面に向唐破風を付し、出組斗きょう(木偏に共)、二軒の軒廻りは山口地方独特の様式である、らしい。書いてあることの半分も分からん)
拝殿

(貞享3(1686)年に改造された本殿。手前は幣殿)
本殿

(拝殿、幣殿、本殿)
拝殿、幣殿、本殿

(末社の柊(ひいらぎ)神社。祭神は大国主命など。小鯖の柊地区にあったが明治時代に合併された)
柊神社

(一の鳥居の近くに建つ市指定史跡の小鯖の板碑。「僧国俊貞治六(正平22,1367)年丁未九月廿六日敬白」の銘があり市内最古である)
小鯖の板碑

参考文献:山口県の地名、山口県の文化財(山口県公式サイト)、山口市の歴史文化資源(山口市ウェブサイト)

感想:ここで一眼レフのバッテリーが予備も含めて無くなりかけたので、急いで充電器をネット注文し次の宿泊先近くのコンビニ受け取りにして手に入れた思い出があります。以降、その充電器は旅行カバンに入れっぱなしにしています。
 あと地元の方がグラウンド(駐車場)でゲートボールをされていました。



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