大内氏館跡(龍福寺)

●大内氏館跡(龍福寺)
住所:山口県山口市大殿大路117-61
駐車場:あり

 正平15年(1360)頃、大内弘世が大内御堀から当地に館を移し領地の政治・経済の中心とした。
 大内氏滅亡後の弘治3(1557)年、毛利隆元が山口市白石にあった竜福寺を館跡に移し大内義隆の菩提寺とする。その堂宇は明治14(1881年)に焼失したが、のちに再建された。現在は館の復元整備がされている。

(山門と参道)
碑

山門

参道

(豊後石。館に築庭した岩は全て豊後から持ってきたものだったが雨の夜になると「豊後に帰りたい」と泣いていたという)
豊後石

(大内氏の始祖で星の王子様である琳聖太子から大内義隆までの歴代当主を祀る宝霊神社。大内義長は当主として数えられてないようだ)
宝霊神社

(大内義隆主従の供養塔)
大内義隆主従の供養塔

大内義隆主従の供養塔

大内義隆主従の供養塔

(龍福寺本堂)
龍福寺本堂

龍福寺本堂

(龍福寺資料館前にある大内義興像。中国地方内で台頭し調子こいていた尼子経久を懲らしめている)
大内義興像

大内義興像

(資料館内にあった人形。大内義隆、毛利元就、毛利隆元だと思うが忘れた。お賽銭がたくさんあった)
人形

人形

(枯山水庭園跡と復元された池泉庭園)
庭園

庭園

(復元された土塁)
土塁

土塁

土塁

(復元された西門)
西門

感想:1度目は整備前、2度目は整備後に行きましたが、すっかり変わっていました。こういった整備なら歴史好きの方からも満足されると思います。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA