伯耆小波城(名和長年に攻撃された城)

●伯耆小波城
住所:鳥取県米子市淀江町小波
駐車場:なし
遺構:曲輪、土塁、堀切
標高:16メートル/比高:8メートル

 壺瓶山のそばにあり昔は日本海が当地まで入り込んでおり天然の良港がそばにあった。築城者、築城年代は不明だが『伯耆誌』には元弘年間(1331~34)に大石橋五郎左衛門が居城としていたとの記載がある。元弘3(1333)年、船上山に籠もる名和長年との戦いに敗れ撤退した佐々木清高は当城に撤退し名和軍を迎え撃った。しかし落城し船に乗って隠岐に逃れたという(『参考太平記』)。
 戦国時代は尾高城の支城だったが土砂の沖積により港としての機能を失いつつあったという。

(全景)
全景

(入口)
入口

(曲輪)
曲輪

(土塁?)
土塁?

(北にある伝・船着き場)
伝・船着き場

(近くにある三輪山の清水。駐車場も完備され日によっては汲みに来る方で賑わう)
三輪山の清水

参考文献:鳥取県の地名、鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)、鳥取県の地名、いなば・ほうきの墓碑めぐり、尾高の里 二、

感想:堀切や櫓跡と思われる塚跡があったそうですが面倒で探しませんでした。
 場所も諸説あるみたいです。


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