大勝間山城(毛利氏の陣城)

●大勝間山城(毛利氏の陣城)
住所:島根県松江市鹿島町名分
駐車場:なし
遺構:曲輪
標高:20メートル/比高:16メートル

 尼子氏に従った福瀬氏が築城したと伝わる。第一次尼子再興戦で毛利氏が真山城を包囲するための陣城として利用した。元亀元(1570)年、毛利元就の病状が悪化し毛利軍の主な将の大半が安芸に戻ると再興軍の反撃で奪われたという。その後、毛利軍により奪い返されたと思われる。
 鹿島中学校の建設に伴い遺構はほぼ消滅した。

(東側から見た鹿島中学校のグランド)
東側

(鹿島中学校の北側。焼き畑の最中だった)
北側

(鹿島中学校の東にある丘。ここに曲輪があるらしい。中学校の敷地外になるらしく現在の土地の所有者は不明)
丘

(佐陀川から鹿島中学校方面を望む。佐陀川は江戸時代に開削されたため城とは関係がない)
佐陀川

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