亀畑山城(大野氏一族の大垣氏の城)

●亀畑山城
住所:島根県松江市大垣町
駐車場:なし
遺構:曲輪
標高:223メートル/比高:33メートル

 本宮山城主・大野氏の庶子家である大垣氏が城主だったと伝わる。

(山道を登ると城の中央に出る。城域は北西から南東に向かってあり中央が主郭となっている。100メートルちょっとしかない小規模な城である)
中央

中央

中央

(秋庭三尺坊大権現。櫓台らしい)
櫓台

櫓台

(南東の曲輪)
南東の曲輪

南東の曲輪

(主郭である北西の曲輪)
主郭

主郭

主郭

主郭

感想:車で入口まで行くのが大変ですが、そこから先は容易にアクセスできる城です。

(ルートマップ)
ルートマップ





満願寺城

●満願寺城
住所:松江市西浜佐陀町

 城史には諸説あるが、第一次尼子再興戦で再興軍の城だったことは確実で毛利軍に攻められている。現在、城趾には満願寺や島根県警察学校が建っている。

(満願寺)
満願寺

満願寺

(満願寺にある玉椿。毛利元就が永禄7(1564)年、体調を崩して療養中に植えたそうな)
満願寺

(満願寺の裏にある満願寺城の堀や曲輪などの遺構。曲輪の先が崖になっており降りると宍道湖がある。この先に船着き場と思われる砂地があったのだが、急斜面だったので降りなかった)
遺構

遺構

宍道湖

遺構

(満願寺の墓地もかつては曲輪だったらしい)
墓地

墓地

墓地

墓地

(少し移動して日御碕神社の西の曲輪を散策。満願寺の墓地と繋がっているが、竹藪になっていたので進むことが困難だったため確認はしていない)
西の曲輪

西の曲輪

西の曲輪

西の曲輪

(警察学校の剣道の訓練を横目に見ながら西に移動。船着き場があったが、ここが当時から使われていたのかは不明)
船着き場

(西の曲輪群)
西の曲輪群

西の曲輪群

西の曲輪群

西の曲輪群

感想:城や寺の歴史についての詳しいことは『山陰の戦国史跡を歩く 島根編』を参考にしてください。

(ルートマップ)
ルートマップ





吉永陣屋(加藤明友の居館)

●吉永陣屋
住所:島根県大田市川合町吉永
駐車場:?

 寛永20(1643)年、賤ヶ岳の七本槍の一人・加藤嘉明の息子で会津藩主だった加藤明成は会津騒動のため、会津42万石を召し上げられた。そして明成の息子・明友に石見安濃郡の内、1万石が与えられ陣屋が築かれる。陣屋の場所として当初は大田市大田町大田の大沢が候補地だったが、水質の関係から当地になったという。
 天和2年(1682年)、明友が近江水口に移封されたため廃藩となり石見銀山領になった。

(吉永城址公園。ここが鉄砲場だった)
鉄砲場

鉄砲場

鉄砲場

(陣屋跡に建つ善林寺)
善林寺

感想:公園に行った時は伐採してあったのですが、2021年現在は森に帰っているようです。