向横田八幡宮(益田氏の家臣ゆかりの神社)

●向横田八幡宮
住所:益田市向横田町イ985
駐車場:無し

 祭神は誉田別命など。創建年代は不明だが、益田氏の始祖・御神本国兼の家臣が山城の石清水八幡宮を勧請して川縁(益田市横田町・向横田町)に創建したという。しかし高津川の洪水で社殿が流出し、貞応元(1222)年に向横田城主・横田左京進が同地区の丸山に再建し丸山八幡宮と称した。文禄三(1594)年、益田氏の家臣・増野甲斐守が社領を寄進する。
 宝暦元(1751)年、現在地に移され向横田八幡宮と称した。正式名称は八幡宮で向横田八幡宮は通称である。

(鳥居)
鳥居

(拝殿)
拝殿

(本殿)
本殿


島根編 広告

伝・大野次郎左衛門墓(伝・土御門親王墓)

●伝大野次郎左衛門墓
住所:島根県松江市宍道町西来待

 宍道氏に滅ぼされた本宮山城主・大野氏の一族の大野次郎左衛門の墓だと伝わる。当地が御料だったことから土御門親王の墓とも伝わる。五輪塔は来待石製で約3メートルの高さがあり、島根県では最大級の大きさである。

(正面。写真では大きさが伝わらない)
正面

(背後に回るなど全体を見てみたが、風化しており文字などは刻んでなかった)
背後

感想:島根県立わかたけ学園の敷地内にあるため事前連絡が必須です。対応は平日のみです。


島根編 広告

法専寺(石見小笠原氏ゆかりの寺)

●法専寺
住所:島根県大田市鳥井町鳥井744
駐車場:有り

 浄土真宗。小笠原長秀が守る山吹城が落ちた後、長秀の息子の四人は仏門には入る。その内の一人が石見銀山にあった真言宗の満願寺に入った。四世の常芸は石山本願寺に籠もって織田信長と戦い功があり現在の寺号を賜る(浄土真宗への改宗時期は不明)。のちに銀山での布教が上手くいかなくなったことから現在地に移転した。

(入口)
入口

(山門)
山門

(なんの建物だろう。宝物殿のように見えるが)
宝物殿

(鐘楼)
鐘楼

(本堂)
本堂

感想:小笠原氏の旧臣(石山本願寺合戦の際かもしれません)で、のちに大檀那になった宮脇家が墓地の高台にあり玉垣で囲われており目を惹きます。
 慶応の一揆の墓が一基あったらしいのですが分かりませんでした。


島根編 広告