出雲丸倉山城(毛利元就が築かせた城)

●出雲丸倉山城
住所:島根県松江市宍道町上来待、雲南市大東町幡屋
駐車場:あり
遺構:曲輪
標高:370メートル/比高:242メートル

 真倉山城、馬鞍山城とも呼ばれる。読み方は全て「まぐらやまじょう」。北の宍道湖や南の雲南市方面を見渡せる場所にある。雲芸攻防戦の最中、毛利元就が陣城として近くの領主だった大西氏や立原氏に築かせたという。戦線がより東になりと陣城として洗合城が築かれると役割を終えたと思われる。

(登山道の途中にあった岩場。登山道を作るためか削られていた)
登山道

(土橋のような登山道。城域外だが防御の役割もあったかも、と思って撮影した)
土橋

(山頂部にある曲輪群。主郭が中央にあって周辺に曲輪があるだけの単純な造りで、毛利氏が出雲の領主に兵が駐屯するために取りあえず築城させたという感じがする)
曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

(北の宍道湖を望む)
宍道湖

(南を望む。盆地はおそらく大東町幡屋地区)
南

(主郭に祀ってある仏さん?)
仏さん?

感想:真夏に登りましたが登山道は整備がしてあり草やマダニに悩まされることはありませんでした。案内板も多く迷うことはないです。
 結構な急斜面で登るのが辛かったです。





松田左近将監の墓(白鹿城主)

●松田左近将監の墓
住所:島根県松江市上本庄町
駐車場:なし

 白鹿城主で尼子氏と血縁関係にあった松田左近将監の墓と伝わる。

(入口)
入口

(松田左近将監之廟。令和4(2022)年に後裔の岩田氏などによって整備された)
松田左近将監之廟

松田左近将監之廟

(五輪塔には「松田廟」「9月2日」と刻んである)
松田左近将監之廟

(整備前の墓。正確には昭和3(1928)年に整備されている)
整備前の墓

整備前の墓

感想:周りに車を止める場所が全くありません。





石見能美山城(石見横田氏の居城)

●石見能美山城
住所:島根県鹿足郡吉賀町七日市
駐車場:なし
遺構:曲輪、堀切、土塁、堀切、など
標高:350メートル/比高:90メートル

 正中年間(1324~1326年)に吉見頼行の弟・横田頼挙が築城したと伝わるが、頼挙の孫・詮頼の頃に入城したという説がある。天文23(1554)年、陶晴賢が吉見領に侵攻すると城主・横田頼綱は降伏し城を明け渡した。攻め手の江良房栄は城に兵を入れて守らせたが、頼綱は津和野城の吉見氏の援軍と共に城を攻め、構造を知り尽くしていることを利用し敵兵を追い払っている。

(麓にある能美山八十八ヶ所)
能美山八十八ヶ所

能美山八十八ヶ所

(細長い曲輪群が続く)
曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

曲輪群

(尾根続きの東側は二重の堀切で遮断してあり、確認のためその先に進んでみたが山道が続くだけで遺構らしきものはなかった)
堀切

感想:山道をひたすら歩くため、いつ熊が出てくるか分からない恐怖と戦っていました。

(縄張図)
縄張図