陶晴賢本陣跡(津和野城攻撃の際の本陣)

●陶晴賢本陣跡
住所:島根県鹿足郡津和野町鷲原
駐車場:入口近くに駐車スペース有り
遺構:曲輪など
標高:420メートル/比高:240メートル

 天文23(1554)年、陶晴賢が吉見氏の籠もる津和野城を包囲した際、大蔭山に築城し本陣とした。津和野城のほぼ南に位置し両城の間には津和野川が流れる。晴賢が嚴島で戦死した後、当城から見つかったと思われる鰐ロを吉見正頼が鷲原八幡宮に奉納している。

(主郭。電波塔が建っている)
主郭

(北東には津和野の街が見える)
津和野の街

(津和野城がはっきりと視認できる。ここで晴賢は毛利元就の動きを知り部下に指示を出し、吉見や尼子と和議をして元就との戦いに向かったのかなあ)
津和野城

(縄張図だと写真の場所辺りに津和野城に見せつけるための竪堀があるらしいのだが全く分からん)
竪堀

(西の曲輪にも塔が建っている。こちらは送電塔のようだ)
送電塔

(北西に延びる曲輪群。崩れたためか群というより坂だった)
曲輪群

(曲輪群は先に進むにつれ危険になってきたので途中で引き返した)
曲輪

感想:もっと行きづらいと思っていたが道が整備されており苦労はなかったです。上記の比高は麓の道の駅からで、入口からは90メートルくらいしかないですし。
 北側の麓からも津和野の街並みが良く見え山口線が目の前を通ることから撮り鉄さんが何人かおられました。
 鷲原八幡宮については下記の「山陰の戦国史跡を歩く 島根編」を参考にして下さい。奉納された鰐ロについても詳しく記載しています。


島根編 注文書

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