・原文
手日記
一 当坊(防府天満宮の別当寺・大専坊)造立事、雖難叶候、種々致短息、先以客殿一宇造立仕候、彼入目米銭百五十余に候、悉以他借遂其節候事、
一 右客殿造作立具畳敷居板等、一円無御座候事、
一 新敷可有造立在所、庫裏・大門・小門・御後架所以下事、
一 当坊造営事、従往古以御公物被仰付候、証文両通在之事、
一 当坊領古給新給歴々致不知行候、銘々以注文申上候事、
以上
右当坊之儀、御祈薦社役執沙汰専一候、殊上様(毛利元就)為御宿坊之間、先以客殿儀入目百五拾余、以他借遂其節候、彼返弁御足付井向後修造等之事、能々被成御下知、一宇致成就候之様に御披露奉仰候、恐悼謹言
元亀弐年正月廿五日 大専坊慶雄
国司右京亮(元武)殿
大庭加賀守(賢兼)殿
裏書
「此五ケ条事、具帯証文遂披露吃、殊当坊建立之段尤御褒美不斜候条、或便宜地、或以浮米銭茂―廉可被成御助力之旨被仰出所也、仍裏書如件、
元亀弐年二月九日 大庭加賀守(賢兼)
国司飛騨守(元相)」
・読み下し
一、当坊造立の事、叶い難しといえども候、種々短息致し、まずもって客殿一宇を造立仕り候、かの入目米銭百五十余に候、悉く他借をもってその節を遂ぐ候事、
一、右、客殿造作の立具(※1)、畳敷居、板等、一円御座なく候事、
一、新敷きに造立あるべき在所は、庫裏、大門、小門、御後架所(※2)以下の事、
一、当坊造営の事、往古より御公物をもって仰せ付けられ候、証文両通これあるの事。
一、当坊領、古給、新給、歴々知行致さず候、銘々をもって注文申し上げ候事、
右、当坊の儀、御祈薦、社役、沙汰を執り専ー候。殊に上様(毛利元就)御宿坊の間のため、まずもって客殿の儀、入目百五拾余、他借をもってその節を遂げ候、かの返弁御足付ならびに向後の修造等の事、よくよく御下知をなされ、一宇成就致し候の様に御披露奉り仰せ候、恐皇謹言、
元亀二年正月廿五日 大専坊慶雄
国司右京亮元武殿
大庭加賀守賢兼殿
裏書
「この五ヶ条の事、つぶさに帯びた証文披露を遂げ訖んぬ、殊に当坊建立の段尤も御褒美斜めからず候条、或いは便宜の地、或いは浮米銭をもっても―廉御助力なられるべくの旨仰せ出られ所也、仍って裏書件の如し、
元亀弐年二月九日 大庭加賀守(賢兼)
国司飛騨守(元相)」
※1 室内の家具や調度品
※2 後架(こうか)は僧堂の後にかけわたした洗面所。また、そばに便所があるところから、便所。古くは小便所をさした
・意訳
一 当寺(大専坊)を造立することは難しい状況ですが、いろいろと尽力して先ずは客殿を建てました。その費用は米銭で百五十余りになりましたが、全て他所から借金をしました。
一 その客殿を建てるための建具、畳敷き、敷居、板などは、まだ全てありません。
一 他に新造する必要があるのは、庫裏、大門、小門、便所などです。
一 当寺の造営に関しては、昔から幕府の費用によって命じられてきました。その証拠の文書が二通ございます。
一 当寺の寺領は、支配の新旧に関わらず知行ができていません。それぞれが注文を申し上げます。
当寺は祈祷や神社の役目を第一に務めています。特に毛利元就様の御宿にもなっていますので、まずは客殿の費用の百五十余りを他所から借りて建てました。費用の援助と今後の修造などのことは、よくよく命令されて客殿が内装も含めて完成するために、毛利輝元様と元就様に取り計らいください。恐皇謹言、
裏書
「この五ヶ条のことですが、詳細な証文と一緒に(毛利元就、輝元に)披露しました。特に建立のことはもっとものことだと非常に褒められたため、適した土地か備蓄してある米と銭をもって相応の援助をすると仰った」
・感想
これだけ有名で元就が泊まるほどの寺でも、まともに知行ができずに客殿の建て替え(だと思う)をするのに借金をしないといけないほど困窮していたとは・・・。当時の寺社や毛利家の統治の難しさの一端を感じました。
五条目の「銘々以注文申上候事」が上手く意訳できませんでした。各々が自由に注文を申し上げるとは思えないので、五ヶ条をもって注文を申し上げるという意味でしょうか。
(防府天満宮)
