にらみ合いの松(名古屋山三郎の墓)

住所:岡山県津山市院庄

 1603年、美作を与えられた森忠政は院庄構城を改築しようと考えた。その際、忠政の義兄・名古屋九右衛門(山三郎)と重臣・井戸宇右衛門の意見が合わず、斬り合いとなり相打ちで亡くなってしまう(以前から仲が悪かったとも)。
 その後、道路を挟んで北に九右衛門、南に宇右衛門の墓が作られ松を植えた。ところが通行人に変事が起こるため道を北に移している。松は一方が栄えれば一方が衰えるということを繰り返すため『にらみ合いの松』と呼ばれるようになったという。

(写真の左(北)が九右衛門、右(南)が宇右衛門の墓)

感想:駐車場が無く周辺の道も狭いので気を付けて下さい。


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