唐王神社(蝮・害虫・毒虫除けの神)

●唐王神社
住所:鳥取県西伯郡大山町唐王725

 祭神は須勢理毘売(スセリヒメ)・菅原道真。創建年代は不明だが須勢理毘売(唐王御前神)を葬った地だと伝わる。須勢理毘売は素蓋鳴命の娘で大国主命を毒蛇・百足・蜂の責め苦から救い妻となったことで知られ、当社は蝮・害虫・毒虫除けに御利益があるとされる。
 本殿の下の砂を田畑に撒けば害虫が寄りつかず、砂を持っていると蝮に噛まれることがなく、御手洗の水で身を浄めれば毒虫に襲われることがないという(現在、御手洗の水は枯れている)。
 明治初期には氏子が大山町の中山地区から島根県松江市東出雲町までいたという。明治12(1879)年、天満宮を合祀し菅原道真も一緒に祀るようになった。

(鳥居)
鳥居

(参道と拝殿)
参道と拝殿

(幣殿と本殿)
幣殿と本殿

感想:パンフレットには悪い虫(好ましくない異性)除けの御利益もあるような書き方をされていました。


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くさぎ地蔵(松崎合戦供養塔)

●くさぎ地蔵
住所:鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺
駐車場:なし

 ある時、松崎城主・川毛氏と茶臼山城主・俣野氏が当地から北300メートルに建つ「まつざきこども園」の辺りで戦った。俣野軍は戦死した5人の遺骸を葬り臭木(くさぎ。クマツヅラ科の落葉小高木で、葉に臭気があることからこう呼ばれる)を植え地蔵を安置し供養する。やがて地蔵は「くさぎ地蔵」と呼ばれ現在も残るが、臭木は昭和10(1935)年頃に枯れてしまったという。

(全景)
全景

(右がくさぎ地蔵。奥の地蔵は不明)
くさぎ地蔵

感想:川毛(河毛)氏は中村一忠の家臣だったらしいので戦いが起こる時期の武将としては時代が合わないような・・・。車で走っていてたまたま見つけた史跡なので気が向いたら調べてみます。松崎合戦という名前も私が勝手に付けたものです。


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不動産岩屋堂(日本三大投入堂の一つ)

●不動産岩屋堂
住所:鳥取県八頭郡若桜町岩屋堂

 真言宗。鳥取県三朝町の三佛寺、大分県宇佐市の龍岩寺、当寺の三寺は日本三大投入堂と呼ばれている。大同元(806)年、飛騨の匠が創建し後になって源頼朝が再建した。神光寺という寺の伽藍の一つであったが、天正8(1580)年頃の豊臣秀吉の因幡攻めで神光寺の伽藍はほとんど焼失し岩屋堂だけが残っている。明和9(1772)年に大修築が行われた。
 本尊の不動明王は空海が掘ったものだと伝わる。

(岩屋堂の近くを流れる吉川川。川の文字が二つ続くのは誤字ではありません)
吉川川

(岩屋堂神社橋)
岩屋堂神社橋

(行ったのが4月中旬だったため桜が散りかけだった)
桜

(境内に建っていた岩屋神社)
岩屋神社

(岩屋堂遠景)
岩屋堂

(下から見上げた岩屋堂。源頼朝が再興したと伝わるが専門家が建物を調べた限りでは室町時代に建てられたものではないかという。京都の清水寺と同じく舞台造り(崖などの上に建物を長い柱と貫で固定し床下を支える)で、屋根は前方が入母屋造り、後方は切妻造りになっているが…この角度からだと詳しく分からない)
岩屋堂

感想:観光名所なので少し離れた場所ですが駐車場はあります。若桜町観光協会のサイトを見ると最低五名からなら中に入れる特別拝観もあるみたいです。私は近くを通った際に寄っただけなので頼んでません。


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