第4回 関ヶ原陣跡制覇ウォーキング参加(後半)

 前半の続きです。

 20分くらい休憩をした後、11時過ぎに出発。大谷吉継陣跡に向かうのだが大した山では無いのに足が重い…。

(大谷吉継陣跡。ここは福島正則陣跡以来久々のチェックポイント)

(陣跡から松尾山方面を望む。小早川秀秋陣跡はこの辺りか?)

(大谷吉継の墓。鬱蒼とした場所に建つ墓ということで気味悪がっている人もいましたが、何も出ませんよ)

(山を下りて平塚為広の碑に行く)

(続いて宇喜多秀家陣跡。以前、この碑の後ろから人が出てきて話しかけられ驚きで固まったことがある…。ここで合戦コースと合流する)

(秀家陣跡から小西行長陣跡に移動。車だと遠く感じていたのだが歩くと意外と近いことを知った。着いたらちょうど12時で食事をされている方が多かったので、自分もここで昼食を取った)

(開戦地。チェックポイントである行長陣跡の側にあり、ここは通過するだけだった)

(次のチェックポイントに向かう途中にいた山羊。関ヶ原といえば山羊だねえ…)

(島津義弘陣跡。あとちょっとだ…)

 ここからコースは決戦地に向かうことになっているのだが、チェックポイントではないので、前に進んでいた人達は「面倒臭いからいいや」と飛ばしていた。まあ、ふれあいセンターの駐車場や関ヶ原駅方面に向かえば途中で見られるしね。

(決戦地)

(最後のチェックポイント、笹尾山の石田三成陣跡に到着)

 笹尾山を降って特別会場に行きゴールのスタンプをもらって終了。本当は疲れて頭が回らず先にゴールのスタンプをもらった後に気がついて石田三成陣跡に行ったんだけど…。とにかく無事にゴール。完歩賞とやぎ乳アイスを受け取った。

(やぎ乳アイス。選んだのはきな粉味)

(完歩賞でもらったバッチと、各チェックポイントでもらったシール)

(あとタオル)

 その後、13時から清洲城武将隊桜華組のライブ(この人達は雷武と呼んでいるらしい)が始まった。

(左から…豊臣秀吉、織田信長、濃姫、前田利家だったと思う)

(続いて関ヶ原鉄砲隊の演武)

(最後は関ヶ原もののふコンテスト。思いをマイクの前で叫ぶのかと思ったら、甲冑姿の人達がパフォーマンスをするというものだった)

 この時点で15時、眠くなってきたので駐車場に戻って帰宅した。

感想:何度も関ヶ原に行ったが歩くと実際の距離が分かるので良い経験でした。翌日まで足が痛かったのでもうちょっと運動しないとな…。




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第4回 関ヶ原陣跡制覇ウォーキング参加(前半)

 2013年9月29日(日)、関ヶ原陣跡制覇ウォーキングに参加してきた。コースは、ふれあいセンターをスタートし丸山~松尾山~大谷吉継陣跡~笹尾山を歩く『制覇コース』、制覇コースから一番大変な松尾山を省いた『激闘コース』、更に大谷吉継陣跡などを省いた『合戦コース』の3つがある。私は体力に自信が無かったため激闘コースを選んだ。
 まずはふれあいセンター前で開会式。

(挨拶されているのは町長だったかな? 忘れた。後ろの合戦祭りは来月の19・20日に行われるもので今回とは別)

 挨拶が終わって鉄砲隊が大筒を放つといざ出発! と気合いを入れる程ではなく、最初の目的地である細川忠興陣跡はすぐ近くだった。チェックポイントに着くと係の方に証明としてスタンプを押してもらい次に進むという形式。ズルの防止ではなく体調を崩した人を助けるなど安全のためだろう。

(細川忠興陣跡。この辺りは、まだ参加者が団子状態だった)

(次の目的地・丸山(黒田長政・竹中重門陣跡)を遠望する。関係者の方がわざわざ狼煙を上げておられた)

(丸山に到着。「熊に注意」の看板を見て恐いようなことを言われていた方がおられたけど、こんな大人数のところに熊は現れないと思う…)

 ここから中田池などを通って徳川家康最後陣跡に向かう。ちょっと遠回りになるけど、ウォーキングは安全のため国道21号や365号など主要な道は歩道橋か地下道を通るためです。

(お馴染み徳川家康最後陣跡。ここでお茶とバナナを頂いた)

(田中吉政陣跡。ここはコースには入っているが、チェックポイントではない。まあ、家康の陣跡のすぐ側だからね)

(東首塚。ここも通り過ぎるだけ)

(松平忠吉・井伊直政陣跡。ここはチェックポイント)

(関ヶ原駅を通り過ぎて、今回のコース唯一の信号を渡り本多忠勝陣跡に到着。忠勝関係は民家の中にあるってイメージがある…。岡崎市西蔵前にある生誕地のせいだろうな)

(次は関ヶ原中学校の中にある藤堂高虎・京極高知陣跡。座って休んでおられる方が結構おられた。そしてこの頃からかなりばらけてきた。歩くのが遅い方や、ゆっくりと写真撮影したい人などが遅れているのだろう。順位は関係なく、16時までに完走すればいいので急ぐ必要はないんだが。ちなみに私がここに着いたのは9時50分。多分、真ん中くらいだと思う)

福島正則陣跡。ここでもお茶とバナナが振る舞われていた。ここで合戦コースは宇喜多秀家の陣跡に向かう)

(コースの途中に建っていた井上神社。672年、当地で起きた壬申の乱で勝利した天武天皇を祀っている。近くのトイレが渋滞していた)

脇坂安治陣跡に到着。制覇コースの方はここから松尾山に向かう。私は激闘コースなので不破関守跡の近くを通って常磐御前の墓に向かう)

昔、松尾山に登った時の山頂からの眺め)

(藤古川。壬申の乱では両軍がこの川を挟んで戦っている。この辺りから足に疲労が…。この先の歩道橋で転けそうになった)

(鶯の滝)

(常盤御前の墓。伝承では東国に行った牛若丸を追ったが、当地で土賊に襲われて亡くなったという。当日は中山道常盤祭りを開催していた)

(墓前は休憩所になっておりお菓子の詰め合わせを頂いた。この地区の有名人、常磐御前と大谷吉継の名前が入っていた。不思議な組み合わせだ)




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野田八幡宮(水野勝成所縁の神社)

住所:愛知県刈谷市野田町東屋敷62

 祭神は品陀和気命など。676年に創建された。1300年に修築される。1548年と1554年の兵火により荒廃するが、刈谷城主・水野氏が造営し祈願所とした。その後、当地を治めた板垣氏、三浦氏、土井氏、板倉氏の崇敬を受ける。
 毎年8月に行われる『野田雨乞笠おどり』は刈谷市の無形民俗文化財に指定されている。社宝に水野勝成奉納の総髪の兜がある。

(三の鳥居)

(拝殿)

(境内社がずらっと並んでいた)

(クロガネモチ(神木)とタブノキ)

(刈谷市駅の近くにある『みづ乃』で買ったかつなりくんクッキー)

(同じく『みづ乃』で買った刈谷城址)

感想:刈谷市美術館で催された『刈谷城築城480年記念展』に寄ったついでに行ってみました。記念展では総髪の兜も展示されていました。




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