阿川八幡宮(大内氏と阿川毛利家から庇護を受けた神社)

●阿川八幡宮
住所:山口県下関市豊北町阿川3710

 祭神は仲哀天皇、応神天皇、神功皇后。社伝では漁師が八幡大神を網で捕らえたが怪しんで何度も捨てたが揚がってきて「我は八幡大神だ。そこの浜辺に小さな祠を建てて祀れ」との神託を告げたため、神宮崎(阿川八幡宮の北に800メートルの場所にある岬)に祠を建立したのが始まりだという。
 戦国時代は大内氏や毛利氏の崇敬を受けたという。

(入口)
入口

(延宝6(1678)年に建立された鳥居。長州藩内には花崗岩を加工する技術を持っている者がいなかったため、大坂にいた石工・九郎兵衛に頼んでいる)
鳥居

(拝殿など)
拝殿

(本殿)
本殿

(天満宮)
天満宮

(興義隊士髻塚。四峡戦争で小倉口で戦った興義隊の戦死者の髻(たぶさ。髪の毛を頭上に集めて束ねたところ。もとどり)が埋めてある。昭和51(1976)年に建てられた)
興義隊士髻塚

(八栄社。阿川毛利家との関係が分からなかった。もしかして先祖の吉川元春が再建した広島県北広島町の八栄神社を勧請したとか・・・)
八栄社

感想:八幡大神が網に捕まった話は『防長風土注進案 第18巻』に載っていたのですが、どんな姿かは記載がなく「八幡太神ハ往昔浦ノ漁夫是ヲ網ノ中ニ獲タリ」とだけしかなかったです。子人の姿でもしていたのでしょうか。式年祭では最初の社地である神宮崎に神幸があるそうです。
 イヌマキ巨樹群は興味がなかったので見ていません。