●阿波 矢野城
住所:徳島県徳島市国府町西矢野
駐車場:なし
遺構:曲輪、横堀、土塁
標高:33メートル/比高:20メートル
三好氏の家臣・矢野駿河守国村の居城だったと伝わる。天正5(1577)年、三好長治が細川真之に味方する一宮成祐などによって自害に追い込まれると、国村は讃岐の虎丸城から戻って成祐の居城である一宮城を攻撃した。天正7(1579)年、国村は阿波に攻め込んで来た長宗我部元親に味方する三好式部少輔らの謀略によって脇城外の戦いで戦死したという(『三好記』『古城諸将記』『阿波志』)。矢野城は天正10(1582)年に落とされたという。
(県道沿いにある入口の標柱。道が狭いので絶対にここから先は車で行っては駄目)
(参道途中にある削平地。ここも曲輪だったようだが、かなり削られている)
(同じく主郭にある室町幕府第十四代将軍擁立碑。矢野国村も擁立に関わったので建てられたようだ。矢野城址碑とこの碑の他にも碑が二つほどあった)
参考文献:徳島県の地名、三好一族と阿波の城館
感想:城近くまで車で行ったら行き止まりな上に道が狭かったですが、何とか県道に戻ることが出来ました。その後、安全な場所に駐めて見学しました。皆さんはGoogleストリートビューなどで道を確認してから史跡巡りに行ってください。
東側に一段下がった曲輪があったそうですが行っていません。