埼玉県史跡巡り2010(2日目中編:太田道灌の墓・岩槻城・見性院の廟)

16.芳林寺・・・さいたま市岩槻区本町1丁目7-10。太田氏所縁の寺。

(太田道灌の騎馬像)

(太田資正の嫡男・氏資の像)

(太田道灌の墓)

(太田氏資の墓)

(三河三奉行の一人でのちに岩槻城主となった高力清長の息子・正長の墓)

17.太田道灌の像・・・埼玉県さいたま市岩槻区本町3丁目2ー5(岩槻区役所)。
感想:県内のあちこちで愛されている道灌さん。


18.岩槻城・・・さいたま市岩槻区太田3丁目。1457年、太田氏(成田氏という説もある)によって築城された。のちに小田原城の支城となるが、小田原征伐で落城。徳川家康が関東に移封されると譜代の重臣が城主を務める。城門・土塁が残る。
感想:土塁を撮り忘れた・・・TT

(城址にある岩槻公園)

(城門)


19.清泰寺・・・さいたま市緑区東浦和5丁目18-9。平安時代初期の開山と伝わる。保科正之を育てた武田信玄の次女・見性院は当寺に葬られている。
感想:ここが見性院の本墓になると思われる。

(本堂)

(見性院の廟)




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