瓜尾山(有陵山)蓮照寺(毛利隆元の位牌を安置)

●瓜尾山(有陵山)蓮照寺
住所:広島県安芸高田市高宮町佐々部1887
駐車場:不明

 浄土真宗。『芸藩通志』によると天文5(1536)年に羽佐竹村(高宮町羽佐竹)に願誓が建立し、寛文10(1670)年に現在地に移転したという。『広島県寺院明細帳』には昔は真言宗で毛利輝元逝去地がある和佐田地区にあり蓮花寺と称していたが、永禄6(1563)年に隆元が滞在中に急死すると住職は出雲に向かい毛利元就に報告をした後、留まって武運勝利を祈った。永禄9(1566)年、大名としての尼子氏が滅亡すると邇摩郡久利村(島根県大田市久利町)に居住して、慶長年間(1596~1615年)に蓮花寺を浄土真宗に改宗し蓮照寺と改称し、元和3(1617)年に移したという。
 『高田郡村々覚書』には蓮花寺は毛利隆元の位牌所だったが(毛利家が長州に移封されたため庇護を受けられず)大破し廃寺になったとあり、どれが正しいのか不明である。後世に作られたものだと思われるが、隆元と関係があった寺ということで隆元の位牌が安置してある。
 寺宝として後鳥羽上皇坐像(安芸高田市指定重要文化財)がある。隠岐を脱出した上皇は大山村(三次市作木町大山)に住んで亡くなり、遺体は蓮花寺に葬られたという伝承がある。その関係で坐像と位牌が安置されている。

(山門)
山門

(本堂)
本堂

(親鸞の像だと思う)
親鸞の像

(寺から西側を望む。写真の線路は、かつて島根県江津市と広島県三次市を結んでいた三江線。奥に見える建物が旧・式敷駅)
三江線

参考文献:広島県の地名、高田郡史 上巻、高田郡史 民俗編、芸藩通志 巻3、

感想:島根県邑南町から車で走っていたら大きな寺があったので参拝しました。毛利隆元と後鳥羽上皇の位牌も参拝したかったのですが、どなたもおられず諦めました。


写真の提供についてはこちらをクリック


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA