播磨 大亀山城(小早川隆景の本陣もしくは毛利軍主力の本陣)

●播磨 大亀山城
住所:兵庫県佐用郡佐用町寄延
駐車場:上月歴史資料館の駐車場を利用
遺構:曲輪、土塁、堀
標高:254メートル/比高:100メートル

 南は秋里川、東に佐用川が流れ急峻な崖となっており、北は谷を挟んで上月城を見下ろす位置にある。上月城から続く尾根とも西側の谷で分断されている。
 天正6(1578)年、羽柴秀吉の配下にいた尼子再興軍が籠もる上月城を包囲した毛利軍の大将の一人・小早川隆景が本陣にしたという。『信長公記』には「(前略)上月の城山中鹿介居城取巻き、悉く大亀山に中国衆取上り着陣の由注進候」とあり、毛利の主力が陣を構えていたとある。杉原盛重が台のない大砲(大鉄砲)を上月城に撃ち込み櫓などを破壊して苦しめたため再興軍が忍び込んで捨てたと『陰徳太平記』に記載があるが、位置的に大亀山城から大砲を撃ち込んでいたと思われる。

(下の概略図の曲輪1)
1の曲輪

1の曲輪

(なだらかな勾配になっている曲輪2。1との境目に段差があった)
2の曲輪

2の曲輪

(曲輪3。主郭だと思われる。1~3ともに広く、大軍の駐留も可能だったのだろう)
曲輪3

曲輪3

曲輪3

(曲輪3は北から東にかけて土塁や堀があった。曲輪の中に凹凸が多かったので端城でもしたのだろうかと思ったが、その必要性はなさそうなので土塁の一部だったのだろう)
曲輪3

曲輪3

曲輪3

曲輪3

(北側の城域の間にある4の尾根)
4の尾根

(曲輪5。標高が一番高くここで大砲を置いて上月城を攻撃したと思われる。巨石が多く本によっては石垣とあったが自分には自然石があるだけにしか見えなかった)
曲輪5

曲輪5

曲輪5

曲輪5

(6の曲輪群)
6の曲輪群

6の曲輪群

6の曲輪群

6の曲輪群

(6の最北端から上月城方面を望む。今は木々があってあまり見えない)
上月城方面

(南の秋里川方面から撮った全景。中央から右にかけて亀の形に見える気がする)
全景

感想:行った時に縄張図を持っていなかったため位置や遺構があまり分からなかったです。登山ルートは下のGoogleMAPを参照してください。

(概略図。大砲はイメージです)
概略図