長門 渡川城(大内氏、陶氏の城)

●長門 渡川城
住所:山口県山口市阿東生雲東分

永正~天文(1504~54年)頃、大内氏が尼子氏の備えとして築いたという。

(全景。二つの山とも渡川城)
全景

(入口)
入口

(縄張図のAの付近。畑の跡らしいが、畑にするため削平地にしたのか元から曲輪だったのかは不明)
縄張図のA

(やがて南側の城域に出た。写真は曲輪Ⅳの周辺)
曲輪Ⅳ

曲輪Ⅳ

曲輪Ⅳ

曲輪Ⅳ

(曲輪Ⅲ)
曲輪Ⅲ

曲輪Ⅲ

(曲輪Ⅴとその先の曲輪)
曲輪Ⅴ

曲輪Ⅴ

曲輪Ⅴ

(曲輪Ⅲを北に向かって降りてからⅥに行く)
曲輪Ⅵ

曲輪Ⅵ

曲輪Ⅵ

(曲輪Ⅱ。南側の主郭か?)
曲輪Ⅱ

(降っているBの曲輪群)
Bの曲輪群

Bの曲輪群

Bの曲輪群

Bの曲輪群

(Bの曲輪群から南北の谷間に降りる)
谷間

(曲輪Ⅶと南東の竪堀。写真だと伝わらないがかなりの急斜面)
曲輪Ⅶ

曲輪Ⅶ

曲輪Ⅶ

曲輪Ⅶ

(曲輪Ⅶの北に延びている三日月型の曲輪、というか移動用通路?)
三日月型の曲輪

(曲輪Ⅷとその北側)
曲輪Ⅷ

曲輪Ⅷ

曲輪Ⅷ

曲輪Ⅷ

(北側の主郭と思われる曲輪Ⅰ。ここだけ木々がないので雑草が多く蜂が飛んでおり早々に退散した)
曲輪Ⅰ

(Cの竪堀と堀切群)
Cの竪堀と堀切群

Cの竪堀と堀切群

Cの竪堀と堀切群

Cの竪堀と堀切群

Cの竪堀と堀切群

感想:入口から墓地を抜ければ簡単に行けたのですが勘違いして横道に逸れてしまい、南側の城域に直登してしまいました。

(縄張図)
縄張図