阿波 上大野城(城内神社。仁木伊賀守の居城)

●阿波 上大野城(城内神社)
住所:徳島県阿南市上大野町大山田
駐車場:なし
遺構:曲輪など
標高:138メートル/比高:83メートル

 西に那賀川が流れ、その西と南は崖になっている。城山全体が『大野の城山の花崗岩類』として徳島県の天然記念物に指定されている。永禄8(1565)年、仁木伊賀守が築城し居城としていたという。だが『古城諸将記』『城跡記』『阿波志』などで記載が違っており近世の時点で分からなくなっていたようである。
 天正10(1582)年、長宗我部元親の軍勢に攻められ落城した際、城主は逃げ出して隠れたが鶏が鳴いたため長宗我部兵に殺されたという伝承がある。そのため、この地区では鶏を飼ってはいけないという。『阿波志』では攻められていた際、那賀川の水を鉄の鎖で吊した瓶で水を汲んでいたが、長宗我部軍に射落とされてから水を汲めなくなり落城したという伝承が記載されている。
 城山神社の祭神は素戔嗚尊。同町城之内に建つ城内神社の飛地境内社である。

(多分、一の鳥居)
一の鳥居

(社殿(主郭)の一段下ある曲輪。二の段とでも呼ぶべきか)
二の段

(主郭)
主郭

主郭

主郭

(主郭から南西方面を望む。目の前の川が那賀川)
南西方面

(三の段になると思う。見ての通り、参道は整備されており登りやすい)
三の段

(参道の途中から北東方面を望む。那賀川や瀬戸内海が見える)
北東方面

(前の史跡から上大野城に行く途中にあった『道の駅 わじき』の釜玉うどん)
釜玉うどん

参考文献:徳島県の地名、三好一族と阿波の城館、現地の案内板

感想:竪堀、虎口、堀切があったらしいですが、全く分かりませんでした。前は遺構が明確な形であったらしいのですが参道整備で破壊されたそうです。


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