都茂鉱山跡(丸山銅山、古代~現代まで利用された銅山)

●都茂鉱山跡(丸山銅山)
住所:島根県益田市美都町都茂
駐車場:入口近くに駐車スペースはあるが駐めてよいか不明

 元慶5(881)年、銅が発見され朝廷の役人が調査に来たのが始まりだという。中世前期~中期は不明だが益田氏との関係が指摘されている。後期になると銀の産出が始まり、近世には石見銀山代官の支配下となった。当山の鉱夫や技術者と共に技術が石見銀山に移動したという。近代以降も銅の産出で賑わったが、昭和62(1587)年に海外との価格競争と乱掘で閉山となった。

(入口)
入口

(鉱山沿いに流れる能登川)
能登川

(間歩)
間歩

(安養寺跡。現在は北の集落に移転しています。後日、そこも載せます)
安養寺跡

(安養寺跡に行くための丸太。川は浅いが岩があるので落ちたら当たり所が悪いと死にます)
丸太

(正福寺跡。安養寺の前身らしい)
正福寺跡

(山神大切抗跡。おそらく昭和のもの。先ほどの間歩と比べると現代の技術力を思い知らされる)
山神大切抗跡

(その山神大切抗跡を向かって右から登ると大間歩跡に出た。下から見たら、この辺りに山神社跡の看板があったが見失った)
大間歩跡

(大間歩跡の向かいにあった穴。これも間歩だろう)
穴

(更に登ると、また間歩があった。と思ったが人が入るには狭すぎるな)
間歩

(更に更に登ると現在通行止めになっている県道172号に出た。この上に銀山があるらしいけど道が見つけられなかったため、駐車スペースまで県道を下って戻った)
県道172号

感想:携帯の電波も入らないような奥地だったので「今、熊が出て襲われるか滑落したら誰も呼べずに死ぬんだろうな」なんてことを考えてながら廻ってました。
 スマートフォンが使えず地図もダウンロードしてなかったため地図の鉱山の位置は大まかです。入口1は合っていますが、入口2も記憶をたどってマーカーしただけで曖昧です。





都茂鉱山跡(丸山銅山、古代~現代まで利用された銅山)」への6件のフィードバック

    • 平削地ので写真の場所だと思ってしまいました。
      知識不足で恥ずかしい限りです。

  1. はじめまして。都茂丸山鉱山跡の調査から案内をしています「都茂地区直進会」代表の久保と申します。この度はお越しくださいましてありがとうございます。
    このルートにはまだまだ間歩跡や遺構等もありますので、もしご興味があればご連絡下さい。

    • 初めまして。
      都茂丸山鉱山跡はネットの情報があまりなかったもので軽く見た程度で終わってしまいました。
      次回は天気の良い時にじっくりと見たいですので、御手数でなければ御案内よろしくお願いします。
      下記のサイトから申し込めばよろしいですか?
      https://tabica.jp/travels/20456

      • ありがとうございます。
        個人的にであれば久保(09045768504)に連絡下さい。
        これからはバタバタしてますが日にちのご相談はお受け致します

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