御来屋の大坂(後醍醐天皇の勅使が通った坂)

●御来屋の大坂
住所:鳥取県西伯郡大山町御来屋(字 苅山)
駐車場:不明

 旧・御来屋小学校の横に坂があり昔は重要な道路だった。後醍醐天皇が御来屋港に着かれた際、名和長年に勅使を使わされた。その時、勅使が「大きな坂だ」と言ったことから大坂と呼ばれるようになったという。

(御来屋小学校跡。現在は農協の名和集出荷資材センターになっている)
御来屋小学校跡

御来屋小学校跡

(大坂。地元の方に何人か聞いたが「知らない。聞いたことがない」とのこと)
大坂

大坂

(坂沿いに建つ大乗妙典書塚。この辺りに集落があったが、やがて無くなる。だが平成の頃に新興住宅地となったようだ。塚の周辺には西国三十三札所が祀られており、京都府舞鶴市の松尾寺だけ読めた)
大乗妙典書塚

西国三十三札所

(御来屋六地蔵)
御来屋六地蔵

(坂を降ったところにある塩谷(しおたに)糀味噌株式会社。100年以上続く老舗で名和みそを販売している)
塩谷糀味噌株式会社

参考文献:名和町誌、郷土調査(御来屋小学校・青年学校)

感想:大山町の名和地区(旧・名和町)は何でも後醍醐天皇に結びつける傾向にあります。



梶原の佐渡五輪塔(佐渡商人の墓。古代寺院の石塔ヵ)

●梶原の佐渡五輪塔
住所:鳥取県西伯郡大山町加茂(字 塔ノ谷)
駐車場:なし

 大山町加茂の梶原地区(旧・梶原村)にある。何時の頃か商人が佐渡国から伯耆に行商に来たが、病気になってしまい子供と佐渡のことを思いながら梶原村で亡くなる。村人は丁寧に葬って五輪を建て毎年盆には供養踊りを行った。
 だが次第に忘れ去られ五輪も荒れてしまう。ある時、村人の夢に商人の霊が現れ「自分を祭ってくれた人の願いを叶える」と告げた。村人は五輪を清掃し快癒を祈願したところ御利益があり全快したため噂が広まって神様として祭られ大勢の参拝者が来たという。
 五輪と呼ばれるが石塔の多層塔の一部で(字名の塔ノ谷の由来だろう)、この辺りに古代寺院があった可能性がある。

(「地域自主組織なわのわ」の拠点・なわほ(旧名和保育所、その前は旧名和小学校)の山の谷間にある)
山

(古い看板のある小屋から入る。向かいには真島氏逆修塔が建つ)
小屋

(丁字路に来たら真っ直ぐ墓地の方に行く。詳しいルートについては下のGoogleMAPを参照)
丁字路

(道は倒木などの箇所が多少あるが概ね整備されている)
道

(佐渡五輪。写真では伝わりづらいが高さが1メートル強はあった。中央には梵字が刻んであったのだろうか)
佐渡五輪

佐渡五輪

佐渡五輪

(周辺を撮影。土が盛ってある箇所などがあり寺院跡にも見えるが畑の跡だろう。それに古代寺院なら山の上にありそうだが)
周辺

周辺

周辺

周辺

周辺

参考文献:名和町誌、鳥取県の地名

感想:場所や五輪の説明については地元の方に教えてもらいました。古代寺院があったというのは自分の勝手な解釈です。
 大山町で佐渡五輪だと荘田佐渡五輪塔が有名で案内板があります。



大神山神社奥宮 保存修理工事 現場見学説明会(令和6年)

●大神山神社奥宮 保存修理工事 現場見学説明会(令和6年)

 令和6(2024)年6月16日(日)、鳥取県西伯郡大山町大山にある大神山神社奥宮で保存修理工事の現場見学説明会があった。現地について受付をしようとしたが名前がない。なんか混乱しているらしく申し込みをしたのに名前がない人が多数いたらしい。

(しばらく待ち)
待ち

 しばらくすると宮司さんが出てきて挨拶をされて、次に公益財団法人文化財建造物保存技術協会(だったかな?)の方が説明をされた。
 屋根を仕上げ材で覆うことを我々の業界では「屋根を葺く」と言いますと言われていたが「専門用語だったっけ?」と思ってしまった。
 そして実演開始。

(最初は丸太から屋根に打ち付ける柿板(こけらいた)を作る工程の実演。あんなに太い木がどんどん薄くなっていく)
柿板

柿板

柿板

柿板

(ここで人数が多すぎて二班に分かれ自分達は漆についての説明を受けた。漆の色の付け方、接着剤としての利用など基本的なところから教えてもらった。全く知らんかった。筆は人間の髪の毛から作るのか・・・)
漆

漆

漆

(続いて柿板を木製の釘で打ち付けるのを体験。これには子供達が喜んでいた。大人も楽しそうだった)
釘で打ち付ける

(先ほどの漆と関係のある天井画の顔料の展示などがあった。今回は作業を見られないが天井画も修復するらしい)
天井画の顔料

(寛政8(1796)年に焼失してから文化2(1805)年に再建されるまでに再建成就を祈った祈祷札。棟札は今のところ写ししかないため、この祈祷札が再建の年月日を証明するものになっている。松江城が国宝になった時と同じ)
祈祷札

 いよいよ実際の柿葺の様子を見学。ヘルメットを被って中に業者の方が実演してくださった。当たり前だけど釘を打つのが早い! 動画も撮ったけど顔にモザイクを入れる方法を知らないから今回は載せない。
 見学者から作業されている方に「この仕事をしたくて今の会社に入ったのですか」と聞かれて「いえ、入社したらこの仕事でした」と答えていた。

見学

見学

見学

見学

見学

見学

(前回の平成5年の焼印がある木材があった)
平成5年

(鉛(?)の板を挟むと雨が降った際ここから滲み出る毒性の液が苔などを防いでくれるらしい)
鉛

(既に作業が終わっている幣殿や本殿の柿葺き。「現在作業しているところと比べて色が落ち着いているでしょう」と説明されていた)
幣殿や本殿

幣殿や本殿

 一通り質問などが終わったら下に降りて解散。

(最後にいただいた拝観記念品。神棚に置いた)
記念品

感想:実物を見ると勉強になる。来年は吉川広家や亀井氏が崇敬した下山神社の修理工事の見学会があるらしい。そっちも行くかな。