コンパクトカーで車中泊をしてみた

コンパクトカーで車中泊をしてみた
 2024年5月に九州での史跡巡りをした際、佐賀市のホテルがうるさくて寝られなかったので
「お金を払って寝られないのなら車中泊をした方がいいなのでは?」
 と考え、一通りの準備をして2024年9月下旬に辛かったら帰られる範囲で車中泊をしてみた。

●メリット
・宿泊代がかからない
・ホテルを予約する必要がないため、ある程度自由に行動できる
・車を動かす必要があるかもしれないためアルコールが摂取できない(人によってはデメリットかも)

●デメリット
・コンパクトカーなので狭い
・温度調整が難しい
・治安が悪いところに駐めてしまったら危険な目に遭うかも
・トイレが面倒
・準備、片付けが面倒

●実際にやってみたところ、大変だったことや予想外のこと。
・最初のセッティングに手間取った。コンパクトカーの場合、椅子を倒してもフラットにならないので、それなりの工夫が必要。荷台が使えなくため載せている荷物の再配置も迷った
・小物入れや飲み物の置き場を決めておくべきだった
・9月下旬なのに暑かったが冷房機器がなかったので少しだけ窓を空けて耐えた
・夜は暑くて寝苦しかったが、明け方になると寒くなってきたので寝袋を出してかけた。最初から出しておけば良かった
・まだ暑かったので0時頃までエンジンをつけていた車が結構いて音が気になった
・0時頃にやっと寝られて7時頃に起きたが(トイレと寒さで二度ほど目が覚めた)疲れは意外と取れていた
・温泉で使ったタオルを干していたせいか車内の湿気が高くなりガラスの結露がひどかった。これが暑さの要因の一つだったかもしれない。精密機器にも良くないと思うので、外に干してもいいかも
 ※後で考えたらコインランドリーの存在があることに気がついて、利用するようになった

 次回はこの辺りを改善して再挑戦してみる。次は気温がちょうどよくなっているはず。

(先代の車。室内の広さはハッチバックのコンパクトカーなので変わりがない)


南山田の蛇塚(後藤又兵衛が退治した大蛇の塚)

●南山田の蛇塚
住所:兵庫県姫路市山田町南山田(字 塚ノ本)
駐車場:なし

 戦国時代、南山田地区には大蛇が現れ住民や牛馬を襲い田畑を荒らすなど、地区の人間を苦しめていた。そのため南山田城の城主・後藤氏の一族が大蛇を探すが見つからなかった。
 ある日、南山田城の北の射場(弓を射る練習をする場所)で後藤又兵衛が稽古をしていると急に村が騒がしくなった。又兵衛が駆け付け小高い岩の上から村を見ると田畑を荒らしながら城に近づいてくる大蛇が見える。そこで又兵衛が矢を放つと一本目は大蛇の右目に、二本目は左の目に、三本目は心臓に当たり動かなくなった。大蛇は頭、胴体、尻尾に切られ、それぞれが別の場所に葬られる。葬られたのは現在のある蛇塚の周辺だったと伝わる。

(入口)
入口

(塚)
塚

塚

参考文献:兵庫県学校厚生会、、現地の案内板

感想:伝承では後藤又兵衛ではなく後藤某となっているようです。後藤といえば又兵衛ということで、いつの間にか又兵衛が退治した話になったのでしょうか。



西坪の佐渡五輪塔(佐渡の旅人の供養塔。船上山合戦の戦死者の供養塔)

●西坪の佐渡五輪塔
住所:鳥取県西伯郡大山町西坪(字 東山王)
駐車場:なし

 昔、佐渡から来た旅人が当地で亡くなったため地元の方が供養したという。
 別の説では元弘3(1333)年の船上山の戦いで亡くなった武将の供養塔だという。その武将は船上山を攻めた隠岐守護・佐々木清高の家臣の佐々木佐渡前司で、名和長年と内通していて後醍醐天皇側についたという。やがて足利尊氏の天下になると後醍醐天皇側の武将の供養塔ではまずかろうとなり佐渡の人になったと推測されている。
 病に対して御利益があるとされ「はやり神さん」として参拝する者もあったという。

西坪の佐渡五輪塔

西坪の佐渡五輪塔

参考文献:ふるさとを探ろう

感想:県の職員の方に教えていただいた場所の写真を載せましたが参考文献の写真と違うような・・・。しかし探してみましたが、これしかなかったです。建て直されたのでしょうか。
 大山町内には佐渡五輪と呼ばれるものが他にも梶原(加茂)古御堂荘田にあります。伝承の内容もほとんど同じです。何か意味があるのでしょうが・・・。遠方=佐渡というイメージだったのでしょうか。