明眼院(高麗灯籠)

住所:愛知県海部郡大治町馬島北割114

 天台宗。802年に聖円が開山。十八坊もある大伽藍だったが、1331年に兵火で焼失した。その後、清眼が再興する。清眼が夢で薬師如来より授かった眼病の治療法が霊験あらたかで評判となり、歴代の住職がその秘法を相伝していったという。戦国時代には尾張を支配した織田信長や福島正則の保護を受けている。江戸時代に後水尾天皇の皇女の眼病を治療したことから明眼院の号を授かった。

(仁王像。立派な仁王門があったと思われる)

(仁王像のアップ)

(多宝塔)

(本堂)

(眼病人用手水鉢)

(犬山のキリスト教徒が持ち込んだといわれるキリシタン灯篭)

(高麗灯籠。加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったと伝わるが、説明版には信長候灯籠とだけ書いてあった。う~ん・・・)

(小堀遠州作の庭園)

感想:今では建物もほとんど残っていませんが、仁王像や多宝塔が往事を偲ばせます。




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