●長門 渡川城
住所:山口県山口市阿東生雲東分
永正~天文(1504~54年)頃、大内氏が尼子氏の備えとして築いたという。
(縄張図のAの付近。畑の跡らしいが、畑にするため削平地にしたのか元から曲輪だったのかは不明)

(曲輪Ⅶの北に延びている三日月型の曲輪、というか移動用通路?)

(北側の主郭と思われる曲輪Ⅰ。ここだけ木々がないので雑草が多く蜂が飛んでおり早々に退散した)

感想:入口から墓地を抜ければ簡単に行けたのですが勘違いして横道に逸れてしまい、南側の城域に直登してしまいました。

































