新田義貞の像

住所:群馬県太田市東本町16-1(太田駅前)

 1988年、太田市所縁の人物・新田義貞の没後650年と施政40年を記念し建てられた。2009年、区画整理により駅前広場より現在のロータリーに移転される。

(義貞の像)

(義貞と…脇屋義助かな?)




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総泉寺(池田由之の供養塔)

住所:鳥取県米子市愛宕町38

 曹洞宗。1607年、米子城主・中村一忠が母の菩提を弔うため建立した。中村氏が改易された後も米子城主となった加藤貞泰や鳥取藩主・池田家の崇敬を受け、1662年には伯耆六郡の曹洞宗をまとめる僧録所に定められる。1862年、伽藍が再建された。
 鳥取藩士など米子に所縁のある人物の墓が多数ある。

(入り口。駐車場は左手にある)

(総門)

(本堂)

(鐘楼と観音像)

(六地蔵)

(池田元助の息子、由之と元嗣の供養塔。旧供養塔の風化が激しかったため2009年に再建された)

(供養塔の後ろにあった墓。池田出羽守(由之)・池田四郎兵衛と刻んであったが、これが旧供養塔だろうか)

(江戸時代初期、竹島に渡海し海産物を持ち帰った大谷甚吉の墓)

感想:ここは米子騒動の際、中村氏の救援に駆け付けた出雲国主の堀尾吉晴・忠氏が陣を敷いたそうです。
 このお寺にはネズミと和尚の「総泉寺のねずみ」という昔話が残っています。詳しくは米子市のサイトのこちらをご覧下さい。




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大神山神社本社

住所:鳥取県米子市尾高1025

 祭神は大穴牟遅神(大国主神)。延喜式(平安中期の法典。50巻。延喜五年醍醐天皇の命により藤原時平、忠平らが編集。延長五年(927年)に完成。弘仁式、貞観式以降の式を取捨し、集大成したもの)に宗形神社とともに名前が残っている古社。創建当初は鳥取県西伯郡伯耆町丸山にあったが、江戸時代になって当地に移された。鳥取県西伯郡大山町大山にあった大山寺の大智明権現は神仏分離令で大神山神社奥宮となる。

 社宝に津和野藩主・亀井氏が奉納した短刀があり、現在は東京国立博物館に寄託されている。

(鳥居)

(神門を社殿側から撮影)

(拝殿)

(拝殿の扁額。最後の鳥取藩主・池田慶徳の書。慶徳は水戸斉昭の息子で徳川慶喜の兄である)

(本殿)

感想:明治時代になって国弊社となった際、鳥取藩の重臣で米子城主だった荒尾氏が初代宮司になっています。




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