泰安寺(津山松平家の菩提寺)

住所:岡山県津山市西寺町12

 浄土宗。津山三箇寺の一つ。森忠政が美濃金山にあった涅槃寺を転封に伴って信濃川中島・津山に移した。1739年、菩提寺とした津山松平家が寺号を泰安寺と改める。

(山門)

(不動堂。天保(1830~1844年)年間まで津山城西御殿内にあり本尊の祈願所として津山藩主が崇敬した)

(1644年に建てられた本堂)

(津山藩の初代藩主・松平宣富の墓)

(七代藩主・松平斉孝の墓)

感想:松平家墓所は鍵がかかっており、入るにはお寺の方の許可が必要です。




写真の提供についてはこちらをクリック




成道寺(津山藩庁移築の薬医門)

住所:岡山県津山市西寺町18

 浄土宗。1604年、津山藩主・森忠政が建立した。

(1902年、津山藩庁や北条県庁として使用されていた門を移築した山門(薬医門)。隣の番士部屋も一緒に移築されたものだろう)

(鐘楼)

(本堂)

感想:寺町なので道が狭く運転が大変でした。ですが、お寺に駐車場はありますのでご安心を。




写真の提供についてはこちらをクリック




にらみ合いの松(名古屋山三郎の墓)

住所:岡山県津山市院庄

 1603年、美作を与えられた森忠政は院庄構城を改築しようと考えた。その際、忠政の義兄・名古屋九右衛門(山三郎)と重臣・井戸宇右衛門の意見が合わず、斬り合いとなり相打ちで亡くなってしまう(以前から仲が悪かったとも)。
 その後、道路を挟んで北に九右衛門、南に宇右衛門の墓が作られ松を植えた。ところが通行人に変事が起こるため道を北に移している。松は一方が栄えれば一方が衰えるということを繰り返すため『にらみ合いの松』と呼ばれるようになったという。

(写真の左(北)が九右衛門、右(南)が宇右衛門の墓)

感想:駐車場が無く周辺の道も狭いので気を付けて下さい。


写真の提供についてはこちらをクリック