式内置染神社(平正盛の墓)

住所:三重県津市産品484

 祭神は天照大御神・饒速日命・火産霊神・仁徳天皇・大山祇命。平安時代には平氏の産土社(生まれた土地の守護神を祀る神社)だった。天照大神を祀る神明社が別の場所にあったが、1820年に合祀する。その後、現在地に移される。

(鳥居)

(拝殿)

(本殿?)

(伊勢平氏一門の墓)

(平清盛の祖父・正盛の墓)

感想:駐車場がなく周囲の道も狭いので車で行かれる方は気を付けて下さい。


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平氏発祥伝説地(忠盛塚)

住所:三重県津市産品

 忠盛塚とも呼ばれる。清盛の父・忠盛が生まれた場所だという。伝承は数多く残っているが、文献での立証はされていないため伝説地と呼ばれている。

(発祥伝説地全景。中央が平氏発祥伝説地の碑)

(平刑部卿忠盛公誕生塚の碑)

(由緒でも書いてあるのだろうが、ところどころ文字が消えていて内容が理解できなかった)

(ナギ。かつて熊野三山造営奉行だった清盛の息子・重盛が熊野速玉大社に植え御神木になったことから熊野詣での人達の目を引きつけ各地に植えられたのだという。このナギは町内の方から寄贈されたもの)

(1917年に建てられた忠盛塚。石は近くに建つ置染神社附近の古墳から出土したものだという)

感想:大河ドラマに併せて建てられたと思われる「平氏ゆかりの地 津市」の幟が空しくはためいていました。


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廿里古戦場(武田・北条軍激戦の地)

住所:東京都八王子市廿里町

 1569年、武田信玄は北関東に侵攻し武蔵滝山城に迫った。別働隊の小山田信茂も小仏峠を越えて滝山城に迫ったため、滝山城主・北条氏照が家臣の布施出羽守・横地監物・中山家範を出陣させたが敗走させる。余勢を駆って武田軍は滝山城を攻め落城寸前にまで追い込んだが、途中で小田原城に向かったため滝山城は難を免れた。
 この戦いで小仏峠を抑える重要性を感じた氏照が八王子城を築いたという。

(廿里古戦場跡。看板が立つだけで碑はない)

感想:高尾駅から八王子城に向かう途中にありました。廿里は『とどり』と読みます。


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