2012年静岡市お墓巡り(その3:穴山梅雪の墓・さった峠)

3.霊泉寺・・・清水区興津井上町234-1。臨済宗妙心寺派。駿河江尻城主・穴山梅雪が自らの墓所のために創建した。
感想:寺まで車で行ったら駐車場が無くて困った・・・。下にある清水公園墓地の駐車場に駐めて歩いて行くのが安全です。

(山門跡?)

(六角堂)

(穴山梅雪の墓)

4.薩埵峠・・・静岡市清水区。1568年に武田信玄と今川氏真の戦いが行なわれたことで知られる。江戸時代は東海道の難所として有名だった。
感想:ここから見る景色は素晴らしい。寄り道して良かった。

(山之神遺跡の碑。ネットで検索したら『鞍佐里神社』の旧社地を伝える碑らしい)

(遠くに富士山が見える)

(左奥が富士山。右が駿河湾。そして左の手前が東海道本線・東名高速・国道一号線)


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2012年静岡市お墓巡り(その2:具志頭王子・向井政綱・向井政重の墓)

2.清見寺・・・清水区興津清見寺町418ー1。奈良時代、ここ清見関に関所が設けられ、その傍らに仏堂が建立されたのが始まり。その後、平安時代には天台宗の寺となるが、鎌倉時代には臨済宗に改められる。室町時代には足利尊氏の庇護を受けた。
 戦国時代に入ると戦乱のため荒れ果てるが、太原雪斎が再興。徳川家康が幼少期に当寺で教育を受けたといわれている。江戸時代には徳川家から200石を与えられた。
感想:明治に入り規模が縮小したそうだが、徳川家の庇護を受けていただけあって伽藍は立派。時間があればもっとゆっくりしたかった。

(総門)

(山門。釘を一本も使っていないらしい)

(山門前に建つ田中清左衛門尉長吉逆修菩提塔。父・長名は関ヶ原の戦いで石田三成を捕らえ徳川家康に引き渡した人物)

(大方丈。家康公手習いの間がある)

(鐘楼。ここに吊られている梵鐘は、1590年の小田原征伐での韮山城攻めの際、陣鐘に用いられた)

(琉球国の具志頭王子の墓。1609年、琉球国は島津家によって制圧され、王子は江戸の徳川秀忠との謁見のため島津家久に伴われ本州に来た。1610年、王子は駿府で家康に謁見したが、その後体調悪化のため没し当地に葬られている)

(向井政綱・政重の墓。向井氏は伊勢北畠氏の旧臣で武田家・徳川家で水軍を率いて活躍した)

(総門と山門の間を走る東海道本線)


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2012年静岡市お墓巡り(その1:武田信玄・天野景直・穴山梅雪の墓)

2012年1月7日(土)、去年買った『静岡戦国武将墓巡り』を参考にして静岡市内のお墓を参りに行った。
 やはり隣の県とはいえ、清水区まで行くと遠い・・・。

1.大乗寺・・・清水区草ヶ谷114。臨済宗妙心寺派。
感想:ここのお墓はすべて案内が無く探すのに苦労した。

(山門)

(本堂)

(天野家墓地内にある武田信玄の墓。天野氏が旧主だった信玄を供養するため建てたものなのだろうか)

(信玄の墓の左に建つ天野景直の墓。景直は今川氏→徳川氏→武田氏→北条氏と状勢に応じて主君を変えている。晩年は出家して当地で暮らしたという)

(信玄の墓の右に建つ穴山梅雪の墓。ここに建てられた理由は不明)


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