住所:愛知県刈谷市広小路4-219
浄土宗西山禅林派。創建年代は不明。1702年、当地に移封された阿部正春が寄進した十一面観世音菩薩立像は市の指定文化財となっている。1747年、当地に移封された土井家が菩提寺とした。
感想:刈谷市美術館で催された『刈谷城築城480年記念展』に寄ったついでに行ってみました。
住所:愛知県刈谷市広小路4-219
浄土宗西山禅林派。創建年代は不明。1702年、当地に移封された阿部正春が寄進した十一面観世音菩薩立像は市の指定文化財となっている。1747年、当地に移封された土井家が菩提寺とした。
感想:刈谷市美術館で催された『刈谷城築城480年記念展』に寄ったついでに行ってみました。
住所:愛知県田原市大草町前田
足利将軍家と姻戚関係で渥美半島を治めていた一色七郎は応仁の乱の際、西軍に味方するため上洛した。しかし、その間に東軍に属した駿河の今川氏の助力を得た戸田氏が渥美半島に進出。七郎が京都から戻るとすでに渥美半島は戸田氏の支配下となっており、やむなく戸田氏と和解して当地に隠居した。
七郎が没すると戸田宗光が宝憧寺を建立したが、現在は廃寺となり墓も長興寺に移されたため碑だけが残っている。
感想:全てを失い当地でひっそりと暮らした七郎の気持ちはどのようなものだったのでしょうか…。
住所:愛知県田原市大久保町岩下8
曹洞宗。1275年に天台宗『大覚寺』として創建された。のちに臨済宗となる。元寇では祈願所となるが室町中期に衰退した。
1481年、田原城主・戸田宗光が恩顧のある一色七郎の菩提を弔うため、寺号を長興寺に、宗派を曹洞宗に改め再興している。
(戸田康光と戸田外記の墓。康光は岡崎から駿府の今川家に人質に出される徳川家康を織田家に売り渡したという話が良く知られている)

(九鬼守隆夫妻の墓(中央の二基)。守隆の娘が戸田氏に嫁いでいた関係だろう)

(左から戸田忠政・忠次・忠次室の墓。忠次は今川氏に一度は滅ぼされた戸田氏を徳川家康の力を借りて再興している)

(一色七郎の墓。七郎は足利将軍家と姻戚関係で渥美半島を治めていたが、応仁の乱後に勢力を伸ばした戸田氏と和解して隠居している)

感想:参拝した当日は何かの行事の日でとても賑やかでした。