三河岡崎城(松平氏の居城)

住所:愛知県岡崎市康生町

 15世紀前半に西郷稠頼が築城。1530年、松平氏が岡崎城を居城と定める。1542年にはここで徳川家康が生まれている。順調に発展していった松平家だったが、当主が相次いで若死にしたため、弱体化。三河は今川家の属領となってしまい、岡崎城は今川家の奉行が入って管理されることになった。
 しかし今川義元が桶狭間の戦いで討死すると、家康が城主に返り咲く。1570年、家康は本拠地を遠江の浜松城に移し、長男・信康に譲っている。信康が織田信長によって自害させられた後は、徳川家の家臣が城代を務めた。
 1590年に徳川家が関東に移封させられると、田中吉政が城主となる。関ヶ原の戦い後、吉政が筑後柳川に移封されると、本多氏・水野氏・松平氏など徳川家の中でも家格の高い大名達が城主となっている。
 明治維新で徳川家の時代が終わると、不要なものとして1874年に取り壊された。1959年に市民の要望によって再建され現在に至る。天守閣は資料館となっている。

(岡崎城全景)

(復元された天守閣)

(復元された東隅櫓)

(堀)

(本多忠勝の像)

感想:2008年には家康像が、2010年には東隅櫓が建てられるなど、数年に一度新しいものが建てられています。


写真の提供についてはこちらをクリック


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA