信光明寺(松平三代の墓、酒井広親の石宝塔)

住所:愛知県岡崎市岩津町東山47

 松平家三代当主・信光が1451年に初代・親氏と二代・泰親の菩提を弔うために創建した。元亀年間(1570~1573年)に武田信玄との戦いによる戦火で観音堂を残して焼失。江戸時代になると徳川家所縁の寺として再建・増築されたが、江戸末期に火災のため観音堂・唐門以外は焼失してしまう。
 1478年に建てられた観音堂は国の重要文化財に指定されている。

(総門。この先に唐門があるが保育園があるため左側を回って行く必要がある)

(鐘楼)

(観音堂)

(慈母観音)

(松平三代の墓)

(酒井家の祖・酒井広親の石宝塔。信光明寺から150メートルほど西に行った住宅街の中にある。かつてはこの辺りまで寺領だったと考えられている)

(昔、夏に行った時の広親の石宝塔。ここは冬に行った方が良さそうです)

感想:酒井広親の石宝塔は岩津小学校の西側にあります。車を駐めるところがないため、信光明寺から歩いて行きましょう。


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