福島城(本庄繁長の居城)

住所:福島県福島市杉妻町2

 築城年代は不明。当初、大仏城と呼ばれていたがのちに杉目城に改称された。伊達氏の城であったが、伊達政宗が岩出山に移封され蒲生氏が入ると家臣の木村吉清の居城となる。その際、福島城に改称された。1598年、上杉景勝の領地になると水原親憲・本庄繁長が城代となる。関ヶ原の戦いで上杉家が米沢30万石に減らされた後も引き続き本庄氏が城代を務めるが、1664年に上杉家が15万石となった際に幕府の直轄地となった。その後、本多家・堀田家・板倉家の居城となる。
 明治維新後に建物が取り壊され、現在は福島県庁などになっている。

(大手門跡の碑)

(県庁前に建つ城趾碑。この辺りが本丸跡らしい)

(宝塔。大仏城の前身である杉妻寺があった頃のものと推測されている)

(福島藩主・板倉氏が設けた二の丸御外庭跡を整備した紅葉山公園)

(杉妻稲荷神社。城の東北の守りとして建てられていたが、明治初期に現在地に移転された)

(杉妻稲荷神社の近くにある土塁…かな?)

(板倉氏を祀る板倉神社)

(板倉神社は2011年の東日本大震災で損壊したため、2013年に再建されている。これはその復興祈念碑)

(「福島の復興は板倉神社の再建から」)

(神社の横を流れる阿武隈川)

(本丸跡の碑)




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宝積寺(伊達晴宗の墓)

住所:福島県福島市舟場町3-16

 曹洞宗。栽松院が夫・伊達晴宗の菩提を弔うために創建した。

(入り口)

(本堂…かな?)

(晴宗の墓)

感想:本庄繁長の墓がある長楽寺から歩いてすぐの場所にあります。




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長楽寺(本庄繁長の墓)

住所:福島県福島市舟場町3-10

 曹洞宗。1540年、越後本庄城主・本庄氏が創建した。1600年、本庄繁長が福島城主となると現在地に移転される。

(山門)

(世良修蔵暗殺の際に手引きした浅草屋宇一郎の碑と、仙台藩烏天狗組の碑)

(六地蔵)

(阿保原地蔵尊。全国六地蔵の一つらしいが、残りの五つはどこにあるのだろうか…?)

(本堂)

(繁長の木造が安置されている八幡神社。これが繁長の墓になるらしい)

(本庄氏の墓と碑。一番奥が繁長の子・充長(大宝寺義勝)の墓)

(おまけ。1600年(1601年とも)、松川の戦いで伊達政宗軍を迎え撃つため繁長が布陣した場所。写真は福島テレビの近くに流れる祓川を撮影したもの)

感想:繁長の墓が八幡神社だということを家に戻ってから知りました。現地には何も書いていなかったので…。




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