●大多満根(おおたまね)神社
住所:山口県大島郡周防大島町西三蒲10-1(字 明神)
駐車場:不明
主祭神は大多満流別命(おおたまるわけのみこと)と塩土老翁命(しおつちおぢのみこと)である。飯野山の麓に鎮座している。もともと飯野山の山頂に建てられ、欽明天皇の時代(西暦550年頃)に古明神という場所に移転した。その後、昭和18年(1943年)に現在地に移転する。
近世になると三度、再建が行われた。近世まで一宮大明神、島根明神、富士見神社と称していたが、明治初年に大多満根神社と改称された。周防大島の総鎮守、海難守護の神として崇敬されている。
境内には般若塔があり、次のような伝説が伝わっている。豊後の玉田(大分県豊後大野市三重町玉田ヵ)の長者に、般若姫という美しい姫がいた。この噂を聞いた欽明天皇の皇子・橘の豊日は密かに豊後を訪れ、般若姫と愛を誓い合った。しかし、橘の豊日が都に呼び戻されたため、般若姫は後を追った。しかし大畠瀬戸(周防大島と本州の間にある瀬戸)に来たところで、海が荒れて潮が渦巻き、進むことができなくなってしまった。その時、大多満流別命が現れ「竜神が般若姫を望んでいる」と告げたため、般若姫が海に身を投げたところ海が凪いだという。その後、海上安全を祈願して五重の塔が建てられた。この伝説にはさまざまなバージョンが存在する。
(境内から見た周防大島と柳井市を結ぶ大島大橋。昭和46(1971)年に大多満根神社で起工式が行われ、昭和51(1976)年に完成した)

参考文献:山口県の地名、山口県神社誌、周防大島町誌、現地の案内板、大分県地方史 第121号
感想:周防大島の玄関口にあるため、訪れた時に最初に参拝しました。





