願わくば我に七難八苦を与えたまえ(山中鹿介幸盛の墓と供養塔一覧)

 私が今まで行った山中鹿介(鹿之助)幸盛の墓・供養塔です。

・島根県安来市広瀬町富田の巌倉寺(月山富田城)にある供養塔。堀尾吉晴の妻が建てた。にある供養塔。
供養塔

・島根県松江市美保関町千酌の忠山城の山頂にある山中鹿介一族供養塔。
忠山城

・鳥取県鳥取市鹿野町鹿野1306の幸盛寺にある墓。亀井茲矩が舅・山中鹿介幸盛を供養するために建てた。殺された備中高梁から持ってきた鹿介の遺骨が葬ってある。
幸盛寺

・鳥取県西伯郡大山町末吉の末吉城跡にある供養塔。元亀2(1571)年、当城に籠もった鹿介は吉川元春によって捕らわれている。供養塔は後年に建てられたと伝えられる。
末吉城

・岡山県高梁市落合町阿部にある墓。鹿介が殺された阿井の渡場近くに備中松山藩士・前田時棟が建てた。
阿井の渡し場

・岡山県高梁市落合町阿部1979の観泉寺にある鹿介の胴墓。観泉寺の住職によって石田畑に葬られていたものを改葬したもの。
山中鹿介幸盛の胴塚

・広島県福山市鞆町後地1199の静観寺の門前にある首塚。1578年、討ち取られた山中鹿介の首は安国寺恵瓊によって鞆に運ばれ足利義昭・毛利輝元・小早川隆景の首実検を受けた。その後、静観寺の門前にさらし首にされたが、静観寺住職が哀れに思い埋葬している。
鞆の浦

・広島県庄原市東城町菅751の徳雲寺にある首塚。鞆にあった鹿介の首を家臣が掘り返して当寺に葬ったという。
徳雲寺

・京都府京都市上京区寺町通今出川上ル2丁目鶴山町16の本満寺にある墓。
本満寺

 私が行ったのは以上です。他にも京都市などに数ヶ所あるそうです。