阿波秋月城(細川和之の墓)

住所:徳島県阿波市秋月

 1336年、足利尊氏の重臣・細川和之が築城。和之は当地を中心として尊氏の九州からの上洛を支え湊川の戦いで活躍している。1339年、和之は夢窓疎石を開山として城内に補陀寺(のちの阿波安国寺)を創建。1363年、細川詮春が阿波勝瑞城に移るまで阿波の政治・文化の中心だった。
 その後も秋月氏が居城としたが天正年間(1573~1592年)に落とされている。落城させたのは長宗我部元親だったと思われる。
 
(阿波安国寺跡)

(写真中央の宝篋印塔が細川和之の墓)

(城を廻っている間、この犬がずっと一定の距離を保ちながらついてきて吠えていた)

(模擬櫓?)

(櫓から阿波市内を望む)

(山頂。ここに城趾碑があったようなのだが・・・。撤去されたのだろうか)

感想:秋月歴史公園になっているにも関わらず入り口が分からなくて難儀した。看板が立っていたのに・・・。あと説明版などがあったらしいですが、見つけられませんでした。


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明王院(阿波井上城主・土肥家の菩提寺)

住所:徳島県吉野川市山川町井上214

 真言宗。四国三十六不動霊場九番札所。阿波井上城主・土肥家の菩提寺である。

(入り口)

(鐘楼)

(ふるさとの碑。何なのか良く分からなかった)

(辯才天)

(本堂と六地蔵)

(大師堂)

(二重堂)

感想:土肥氏のお墓は阿波井上城跡に建っています。


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阿波井上城(細川氏・土肥氏の居城)

住所:徳島県吉野川市山川町井上

 1451年、細川常有が当地に川田城を築城。1505年頃、常有の曾孫・元常が当地を代官の谷馬之助に任せ京に上ったが、1509年頃に馬之助が謀叛を起こしたため、常有は土肥綱真に馬之助を討たせ丹治常直と共に城を守らせた。
 元常が三好氏のために本国の和泉半国を失い没落し阿波細川氏も三好氏に抑えられると、土肥康信は常直を討って城主となり井上城と改称して三好氏に従った。1579年、脇城外の戦いに土肥秀実は三好氏に従い出陣し長宗我部軍と戦って戦死。1582年、城も長宗我部元親に落とされている。
 小高い丘にあり東の川田川や御屋形谷が天然の要害となり、親族が城主だった阿波青木城などと連携し守りを固めていた。現在は遺構らしきものはない。

(全景)

(城趾に建つ土肥氏の墓)

感想:この辺りはとにかく道が狭く軽自動車でも難儀しました。


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