近江八幡城(八幡堀)

住所:滋賀県近江八幡市宮内町19

 標高272メートルの八幡山(鶴翼山)に建つ。1585年に豊臣秀次の甥・秀次が築城。その際に近くにいた旧安土城周辺にいた商工人を呼び寄せ町を整備し現在の近江八幡市の基礎を築いている。1590年に秀次が尾張に転封になると京極高次が入るが、1595年に大津城に移封され廃城となった。
 
(麓の八幡公園に建つ豊臣秀次の像)

(ロープウェイに乗って山頂に行く)

(西の丸)

(西の丸近くの石垣)

(北の丸から見た風景。正面が安土城)

(瑞龍寺山門。日秀尼が息子・秀次の菩提を弔うため、1596年に京都の嵯峨野に創建。1962年に八幡山に移転されている)

(本堂)

(町に残る八幡堀。秀次が町造りの一環として開削し、明治になって鉄道が整備されるまで八幡の商業を支えた)

(新町通りの街並み)

感想:とにかく暑かった・・・。ここは山頂に残る石垣が一番の見所ではないでしょうか。




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米原市・長浜市史跡巡り2011(福田寺・鎌刃城・豊国神社)

 「ゆるキャラまつりin彦根2011」を見るために滋賀に行った。そのついでに少しだけ史跡巡りを・・・。

1.近江はにわ館・・・米原市顔戸281-1。古代の謎を解きあかす施設で、「実際に物を触って実感させる」ハンズオン手法と、「人間のイメージする力を刺激する」バーチャルリアリティを融合させた形の常設展、地域文化が発信される年間17回の企画展がある(滋賀県観光情報サイトより引用)。

感想:楽しめると聞いて行ってみた。何人かで行くと盛り上がれるらしい。

(展示室)


2.福田寺・・・米原市長沢1049。684年の開基。戦国時代、織田信長と対立した湖北一向一揆を指揮したのが湖北有力寺院十ヶ寺で、その筆頭が当寺の十一世・覚芸だった。
感想:駐車場は広いが周辺の道が狭いため運転には注意が必要。

(山門)

(本堂)

(織田信長との戦いで亡くなった一向宗徒を弔うために建てられた殉教万人塚)

(浅井長政が寄進した浅井御殿。長政の次男・万菊丸が当寺で養育された説がある)


3.鎌刃城・・・米原市番場。堀氏の居城。浅井長政と織田信長の攻防戦の舞台となった。
感想:雨上がりだったためヒルが大量におり、鹿も見かけたため早々に引き返した。それでもヒル一匹にかかとを咬まれた。やはり山城をなめたらいかんね。

(大手口)


4.豊国神社・・・長浜市南呉服町6-37。豊臣秀吉・加藤清正・木村重成を祭神としている。1600年、京都の豊国社の造営を受けて創建された。大坂夏の陣で豊臣家が滅ぶと徳川幕府の命によって
取り壊されるが、豊臣秀吉像は町年寄の家へ移され密かに町民によって祀られた。その後、江戸時代後期~明治時代にかけて徐々に復興し、1920年に現在の社容を整えている。

(鳥居)

(加藤清正像)

(加藤清正(虎之助)が長浜城の庭の石として献上した虎石)


 史跡巡りはこれにて終了。仕事で疲れていたので長浜のホテルに戻って食事をした後、すぐに寝た。

本日の感想:ヒルには気を付けよう。

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滋賀県南部史跡巡り2011(後半:水口岡山城・蒲生氏鄕公遺髪塔・蒲生賢秀の墓)

4.水口岡山城・・・甲賀市水口町水口。1585年、豊臣秀吉の命で中村一氏が築城。城と共に城下町も整備され現在の甲賀市水口町の基礎が築かれる。関ヶ原の戦いで当時の城主・長束正家が西軍に付いたため落城。その後、廃城となった。
感想:最近になって山頂付近に駐車場が整備され行きやすくなった・・・のだが、この日は道の一部が陥没して車が通れなくなっていた。仕方なく浄水場のようなところに車を駐めて歩いていった。

(西の丸跡)

(本丸石垣跡。時期が悪くて草が邪魔している・・・)

(阿迦之宮。長束正家の霊も祀られている)

(伝・本丸跡)


5.水口城・・・甲賀市水口町本丸。1634年、徳川家光が京都に上洛する際の宿舎として築かれた。しばらくは将軍の宿舎として使われていたが、1682年に加藤嘉明の孫・明友が入り、水口藩の居城となり明治維新を迎えた。現在は模擬櫓が建てられ水口城資料館となっている。
感想:前回閉まっていた資料館が開いていたけど、時間がなかったため今回も入らなかった。

(櫓)

(濠)


6.蒲生氏郷公像・・・蒲生郡日野町上野田。
感想:近くに氏郷公記念館という建物が地図に載っていたので行こうかと思っていたが、現地に行ってみるとただの公民館のようだったので入らなかった。

(正面)

(後ろ姿)

7.信楽院・・・蒲生郡日野町村井1500。浄土宗。開山された年は不明。この地方を治めていた蒲生氏の菩提寺で、戦国時代に現地に移転された。
感想:この辺りの道は狭いので運転には注意が必要(信楽院に駐車場はある)。
(山門)

(1739年に建てられた本堂)

(蒲生氏鄕公遺髪塔)

8.蒲生貞秀の墓・・・蒲生郡日野町村井。貞秀は蒲生氏中興の祖で蒲生氏郷の高祖父。信楽院の南西を渡河した田んぼの中にある。

9.法雲寺・・・蒲生郡日野町西大路1373。浄土宗。蒲生氏郷の父・賢秀の菩提寺。

(山門)

(左が蒲生賢秀の墓。右は市橋利政の墓。利政は江戸時代に日野町を治めていた仁正寺藩の嫡子だったが廃嫡されている)

10.日野城(中野城)・・・蒲生郡日野町西大路。蒲生定秀が1533年から3年間をかけて築城し同時に城下町も作る。氏郷もここで生まれている。1584年に氏郷が松ヶ島に移封されると田中吉政・長束正家が入るが、関ヶ原の戦い後に廃城となる。江戸時代、城址に仁正寺藩の陣屋が築かれた。1965年、ダムの造成により土塁などは壊されたが石垣の一部が残っている。
感想:天気が悪い上に林の中にあるのでとにかく暗い・・・。写真を撮るのに苦労した。

(蒲生氏鄕公産湯の井戸)

(城址碑。遺構からは若干離れた場所にある)

(石垣)

(石垣その2。七年前に撮ったもの)


 これにて本日の史跡巡りは終了。休日最後の1000円と事故で渋滞している名神を使って愛知県まで戻った。
本日の感想:日野町内の運転は難儀した・・・。普通車で住宅街を走る際には注意してください。

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