坂口館(大村純忠終焉の居館跡)

●坂口館
住所:長崎県大村市荒瀬町1116
駐車場:あり

 市指定史跡。かつては大村家の重臣・庄頼甫の屋敷であったが、大村純忠が息子・喜前に家督を譲ると、夫人(洗礼名:マグダレイナ)とともに坂口館に隠居した。当時、純忠は結核を患っており、翌年の天正17年(1587)に亡くなっている。
 その後も夫人は館に住み続けていたが、後にキリスト教の司祭らに館を譲り自身は別の場所に移り住んだ。バテレン追放令が出ると坂口館に宣教師を匿っている。
 現在は大村純忠史跡公園として整備されている。

(駐車場)
駐車場

(復元された水路? ここにも駐車場がある。仕事中に休憩している車らしきのが駐まっていた。日陰になるから、いい場所なのだろう)
水路

(復元された門)
復元された門

(公園全景)
公園全景

(周囲を復元された壁があったが、かなり傷んでいた)
復元された壁

復元された壁

(館の南にある館の川と庭園跡。干魃でも枯れることがなく、泉水が年中湧き出ていたという。後ろの崖の石が崩れており、上に城でもあって石垣が崩れているのかと思ったが、この辺りが岩場というだけらしい。祠にはサンタクロースのような外見の人物が祀られていた)
館の川と庭園跡

館の川と庭園跡

館の川と庭園跡

(この後食べた皿うどん。リンガーハットだけど・・・)
皿うどん

参考文献:長崎県の地名、長崎県の歴史散歩、戦国人名事典、大村市公式サイト長崎県大村市観光情報サイト

感想:綺麗に復元、整備されているという感想くらいしかないです。館の川は滑る可能性があるので気をつけてください。



萬歳山本経寺(大村家の菩提寺)

●萬歳山本経寺
住所:長崎県大村市古町1丁目64
駐車場:あり

 日蓮宗。本尊は釈迦牟尼仏。当地にはかつて日蔵坊(普門坊)があったが、天正2年(1574)年にキリシタンに焼かれ、その跡地には「耶蘇大寺(大教会)」が建てられたと伝わる。
 大村藩の初代藩主である大村喜前はキリシタンで洗礼を受けていたが、キリシタン禁令の後、領地と家を守るために加藤清正の勧めで日蓮宗に帰依した。そして耶蘇大寺を焼き払い、慶長13年(1608)に法性山本経寺を創建する。清正の菩提寺として知られる熊本市の本妙寺の僧・日真を開山に迎え、大村家の菩提寺とした。寺領は120石であった。
 元和6年(1620)、三代藩主の大村純信の就任する際、本経寺に参詣して万歳を唱えたことから山号が萬歳山に改められる。寛政2年(1790)、焼失した本堂を再建した。文政7年(1824)と翌年に、鐘楼と仁王門を再建する。

(山門と仁王門)
山門と仁王門

山門と仁王門

山門と仁王門

(本堂、鐘楼など)
本堂、鐘楼

本堂、鐘楼

本堂、鐘楼

本堂、鐘楼

(県指定文化財の大村家墓碑群。墓が七八基、石灯能四八一基が建っている。ここまで一つの家の墓が一箇所にあるのは見たことがない)
大村家墓碑群

大村家墓碑群

大村家墓碑群

(大村喜前(向かって左)と大村純伊(向かって右)の霊廟。純伊は戦国時代初期の武将で有馬氏と戦った)
霊廟

霊廟

(大村純信の墓)
大村純信の墓

(大村純長の墓。純長が藩主の時に有名な「郡崩れ(明暦3年(1657)に大村領内で大勢のキリシタンが摘発された)」が起きている)
大村純長の墓

(墓碑群の近くにある義犬華丸の顕彰記念碑。慶安3年(1650)、華丸の主人の小佐々市右衛門前親は、藩主の大村純信が亡くなると殉死した。その遺体を火葬している時に華丸は火中に飛び込んで焼死する。碑は平成27年(2015)の365回忌に建てられた。墓碑群内には前親と華丸の墓も建つ)
義犬華丸の顕彰記念碑

参考文献:長崎県の地名、長崎県の歴史散歩、本経寺公式サイト

感想:大村家墓碑群は数と一基の大きさに圧倒されました。現地に行けば説明もあるので、気になる大村家主従の墓に参拝してみてください。



天正遣欧少年使節顕彰之像(森園公園)

●天正遣欧少年使節顕彰之像
住所:長崎県大村市森園町1484
駐車場:不明

 天正10年(1582)2月20日、大村純忠、有馬晴信、大友宗麟の命を受け、ローマ教皇への使節として四人の少年が長崎からヨーロッパに向けて出発した。いわゆる「天正遣欧少年使節」である。四人はマカオ、インド、喜望峰を経由してヨーロッパに到着し、ローマ教皇に謁見する。そして天正18年(1590)6月20日に長崎へ帰還した。
 四人は、活字印刷機械、西洋楽器などヨーロッパの技術や知識を持ち帰って、日本文化に貢献する。この像は四人が長崎港を出帆してから400年目を記念して、昭和57(1982)年に建てられたものである。

(森園公園)
森園公園

(目の前の大村湾)
大村湾

(顕彰之像。向かって左から、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアン)
顕彰之像

顕彰之像

(天正遣欧少年使節への讃が刻んである400年記念のモニュメント)
モニュメント

参考文献:大村市観光コンベンション協会ながさき旅ネット、現地の案内板

感想:なぜここに建っているのか理由が分かりませんでした。目の前の海岸から出港したという訳でもなさそうです。長崎県の玄関口である長崎空港があるからかもしれません。