伊勢桑名城

住所:三重県桑名市吉之丸

 築城年代・築城者ともに定かではない。戦国時代には氏家行広が城主となったが関ヶ原の戦いで西軍に付いたため改易となった。1601年、桑名に移封された本多忠勝が本格的な城と街造りを行なっている。その後、本多家が姫路に移封となったため、松平氏が支配(ただし系統が違う二つの松平家が入れ違いに入っている)。明治維新後、建物は取り壊され、現在は九華公園となっている。

(堀)

(神戸櫓跡)

(復元された蟠龍櫓)

(本多忠勝の像)

(七里の渡し跡)


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藤堂高虎と加藤嘉明の確執

 2011年2月12日(土)、津市で「藤堂高虎加藤嘉明の確執」という講演会があったので行って来た。今回、初めて津市まで電車で行った。
 早めに津市に着いたので、まずは海岸沿いにある「高虎ドッグ」に行く。まあ名前だけで高虎とは関係がないんだけど・・・。

(高虎ドッグの入り口にいた虎)

(高虎ドッグからヨットハーバーを望む)

(ランチセット。コーヒーは「高虎珈琲」らしい)

 食事を済ますと講演会会場の途中にある史跡(?)をぶらぶらする。

1.上宮寺・・・津市乙部5ー14。浄土真宗高田派。方広寺の鐘銘を草案した清韓文英の墓がある。
感想:前に来たけど、せっかく近くに寄ったのでご挨拶。案内版も何も無いのが寂しい。

(山門?)

(清韓文英の墓)


2.丸之内商店街・・・津市丸之内・東丸之内の国道23号沿い。津市に関係した人物の像が数体ある。
感想:念願の西嶋八兵衛の像が見られたのが嬉しかった・・・。初めて歩いて商店街を通ったのだが、結構変わったものがあるな。
(讃岐の安定に尽力した西嶋八兵衛の像。車だと歩道橋が邪魔して分かりづらい)

(気合いの入っている藤堂高虎の像。この兜はうさぎ年にはぴったりかも)

(大和郡山から連れてきた金魚。こういう高虎所縁の土地からのものが商店街には多数ある)

 ここで時間になったので会場に行く。今回の講演会の講師は三重大学の藤田達生先生。
 内容は・・・津市で行われる高虎関係の講演会では誰が講師でも同じなんですが、高虎とはあんまり関係がない話が多かったです(結局、高虎と嘉明については90分のうち30分くらい)。四国の戦国史とか私は面白かったけど、主題とはあまり関係が気がしました。むしろ長宗我部ファンの方が興味ある内容かも。
 講演会が終わった後は寒松院に行って高虎さんに挨拶して帰った。

本日の感想:講演会の度に何度も津市に行っているので行くところが無くなって来たな・・・。

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三重県史跡巡り2009(永松寺・九鬼家の墓所・鳥羽城・藤堂高虎の墓)

 2009年9月26日(土)、講演会があったので、また三重県に行った。

1.永松寺・・・伊勢市朝熊町1212にある。御家騒動の末、秋田実季が蟄居させられた寺。
 山門は現存のようだが、他は立て直されていた。

(山門)

2.常安寺・・・鳥羽市鳥羽2丁目12-3にある。九鬼守隆が父・嘉隆の菩提を弔うために建てた寺。九鬼家歴代の墓と、のちに鳥羽を治めた稲垣家歴代の墓がある。
 「井戸の近くに大量のハチがいます」って書いてあった張り紙があったのでびびりながら行ったが、そこまで行かずにすんだ。一安心・・・。

(本堂)

(九鬼家の墓所。中央が嘉隆の墓)

3.鳥羽城・・・鳥羽市鳥羽にある。鳥羽水族館から道を挟んで向かいにある山。九鬼家の居城。
 なんかどこ写せばいいのか困る史跡。石垣とかはあったけど・・・。有名な城の割には碑とかがないのが寂しいTT

(なんか工事していた。これは鳥羽城の石垣とは関係ないと思う)

(鳥羽の海)

4.寒松院・・・津市寿町5-24にある。藤堂家の菩提寺。
 ガソリンスタンドの横にあるのがいつも気になる。藤堂家の人達はうるさくて眠られないんじゃないだろうか・・・?

(藤堂高虎と側室・松寿院の墓)

(藤堂家歴代の墓)

 それから高山神社に行って、ついでに津城の高虎の銅像だけ写してきた。いつも行くのが夕方近いために必ず逆光なんだよねえ・・・>< だから、いつか逆光じゃない時に撮り直したかった。

(藤堂高虎の像)

 どうでもいい話だけど、高山神社から城の広場に出る道の途中、ど真ん中に猫が倒れていて「死骸か?」と思ったら寝ていただけだった・・・。人慣れしすぎ・・・。気をつけないとイタズラされちゃうよ。
 史跡巡りはここで切り上げて、講演会に参加。本日はこれにて終了。

感想:伊勢・鳥羽は津市からでも遠い・・・。三重県は広いなあ。さすが「うましくに」(意味はない)。

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