伊賀八幡宮(徳川家の祈願所)

●伊賀八幡宮
住所:愛知県岡崎市伊賀町東郷中86
駐車場:あり

 祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、東照大権現(徳川家康)。文明2(1470)年、松平家四代・親忠が武運長久と子孫繁栄を祈願するため創建。天文4(1535)年、松平清康が守山崩れで家臣に殺され、松平軍が三河に撤退した際、織田信秀の軍が追撃してきたが、伊賀八幡宮の森から白羽の矢が放たれ、撃退することが出来たという伝承がある。
 永禄9(1566)年、家康が徳川姓に復姓し三河守に任ぜられると社殿を造営した。寛永13(1636)年、三代将軍・家光が社殿などを大々的に造営している。

(全景)

(神橋と蓮池)

(神門)

(神門に祀られている東照大権現の神像)

(拝殿)

(本殿)

(夜の伊賀八幡宮)



吉藤城(遠藤三郎右衛門の居城)

住所:愛知県一宮市明地字南古城

 築城年代は不明。織田信長に仕えた遠藤三郎右衛門の居城だった。1584年の小牧・長久手の合戦の際、織田信雄織田有楽斎・滝川雄利・飯田半兵衛を派遣して警固を強化したという。遺構はない。

(城趾碑)

(遠くには、海苔つくだ煮「アラ!」でお馴染みのブンセン株式会社の東海工場が建っている)

感想:近くに運送会社(?)があるだけで一面田んぼが広がっていました。




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聖徳寺跡(織田信長と斎藤道三の会見場所)

住所:愛知県一宮市冨田字大堀

 尾張葉栗郡に創建されるが、洪水や兵火で移転を繰り返し戦国時代に当地に移った。天文年間(1532~1555年)、濃尾の境に建っていたこの寺で織田信長と斎藤道三が会見したことは良く知られている。小牧・長久手の戦いの折には羽柴軍が加賀野井城や竹ヶ鼻城を攻めるための本陣とした。現在は名古屋市守山区と天白区の二ヶ所に分かれて建っている。

(全景。バス停の名前にもなっている)

(寺跡の碑)