瓜連城(常福寺・山野辺義忠の墓)

●瓜連城(常福寺)
住所:茨城県那珂市瓜連1222
駐車場:あり

 県指定史跡。北側は断崖で久慈川が流れている。延元元(1336)年、楠木正成の甥・正家が北朝の佐竹氏に対抗するため入る。1年近く北朝と南朝の間で戦いが行われるが、遂に南朝が敗北し瓜連城が落ちてしまい、正家は北畠顕家を頼って陸奥に逃れている。暦応3(興国元,1340)年に高師冬が入っている。現在、常福寺の建つ場所が本丸跡だという。
 常福寺は草地山蓮花院と号する浄土宗で本尊は阿弥陀如来。延元年中(1336~1339年)、春日川のほとりに創建された。嘉慶2(元中5,1388)年に焼失したため現在地に再建される。宝徳4(1452)年、後花園天皇の勅願所となる。慶長6(1601)年に関東十八檀林のーつとなり、慶長7(1602)年に徳川家康から寺領100石の朱印を受けた。
 寺宝に国指定重要文化財の紙本著色拾遺古徳伝(九巻)、絹本著色法然上人画像などがある。

(楼門)
楼門

(楼門の横に建つ瓜連城址碑)
瓜連城址碑

(広い境内)
境内

(山門。スロープがあった)
山門

(二十六夜尊堂)
二十六夜

(本堂)
本堂

(瓜連城の堀跡)
瓜連城の堀跡

(瓜連城の曲輪跡)
瓜連城の曲輪跡

(水戸藩の家老・山野辺家墓所。延宝4(1676)年、常福寺は山野辺家の菩提寺となっている)
山野辺家墓所

(最上義光の四男・山野辺義忠の墓(中央)。義忠は最上家の家督を巡り一派に担ぎ上げられるが収拾せず、最上家は改易され義忠はのちに水戸藩の家老になっている)
山野辺義忠の墓

参考文献:茨城県の地名、茨城県の中世城館、現地の案内板、常福寺公式サイト

感想:瓜連城メインで行ったのですが、現地で義忠の墓があることを知りました。墓参でこんなことを言うのも何ですがラッキーでした。