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幸村の建策(その1)
「各々いかに思うか」 秀頼の問いに長宗我部盛親が口を開いた。 「まずは真田殿の意見を聞きたい」 しかし真田幸村も遠慮して 「長宗我部殿が発言してください」 と言い、互いに譲り合った。それを見かねた諸将が幸村に発言を勧めたため、幸村は自分の意見を述べた。 「では思うところを話します。去年の冬の陣では城の守りも堅く、兵糧も豊富にあったため、日数が経てば西国の大名を必ず味方に出来ると考えていました。しかし思ったよりも早く和睦となって堀も埋められてしまい、篭城する手立てが無く、ただ打って出て戦うしかありません。そこで勝つには秀頼様に出馬していただくしかないと考えます。手立てとしては宇治・瀬田の橋を落とし、そこを要害として堅く守り、状況に応じて手を打っていく。また運を天に任せてとにかく秀頼様に上洛していただき、一度天下の主になっていただく。洛中の政治を行われたなら、末代まで語りつがれるでしょう」
この意見を聞いた盛親・後藤基次・速水守久らの諸将は同意したが、大野治長が一人だけ反対。 管理人・・・幸村と盛親の譲り合いですが、これは幸村の実力を盛親が認めていたのと、盛親が元は国持大名だったからでしょう。 UPDATE 2005年5月17日Copyright (C) 2005 Tikugogawa. |
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