四国一周史跡巡り(3日目:仏殿城・金子元宅の墓・今治城・松山城)

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 平成20年4月28日、今日はちょっと疲れがたまってきたので遅めに出発(とは言っても8時だけど)。
20:仏殿城(川之江城)・・・四国中央市川之江町城山公園にある。四国四県の県境に近いという重要拠点にあるため、河野・細川・三好らが攻め、手に入れようとした。最後は1582年に長宗我部元親によって落とされている。その際に城主だった河上安勝の娘が海に飛び込んで自殺したという悲話も伝えられている。
 例によって山頂には資料館を兼ねた復元天守があった。特に中を見たいとも思わなかったので、開館前に駐車場を出た。

21:大西神社・・・愛媛県四国中央市金田町にある。この辺りを支配した大西備中守を祀る神社。備中守も長宗我部元親に攻められあえなく戦死した。
 ここは分かりづらい!というか普通は行けない。そこでここにある金田公民館に場所を尋ねたところ、非常に丁寧に教えていただき、無事にたどり着いた。道は狭いが、運転に気をつければ神社の駐車場まで普通車でも行けます。

22:慈眼寺・・・愛媛県新居浜市西の土居町にある。金子氏の菩提寺で、金子氏の本城・金子城の麓にある。金子氏は源平合戦の頃からここを領地とし、戦国時代後期まで生き延びた。長宗我部元親が侵攻してくると従属するが、四国征伐で当主の元宅が長宗我部軍の最前線として小早川隆景と戦い戦死してしまう。その後、生き残った元宅の弟・元春が1613年、館跡であるここに慈眼寺を開基した。金子氏を始めとして四国征伐で亡くなった人達の墓や供養塔がある。
 ここは長宗我部ファンには見所たっぷりの場所。金子元宅・真鍋家の墓、金子氏の救援に向かった片岡光綱や花房新兵衛とその家臣の供養塔などがある。みんな、元親が十中八九負けると思っていただろうに、元親を信じて戦死していったのかな・・・TT

23:金子城・・・愛媛県新居浜市滝の宮町にある。上記の金子氏の居城。現在は滝の宮公園となっており、遺構はほとんどない。
 公園の広い駐車場に車を停めて歩いていくと安全だが、狭い道を通れば山頂近くまで車で行け、上にも10台くらい停められる駐車場が整備してある。長宗我部ファンとしては恥ずかしいことだが、ここにあった碑で初めて1585年の秀吉による四国征伐を「天正の陣」と呼ぶことを知った。しかし天正って長篠の戦いから小田原攻めまで歴史に残る合戦が多数あった時代なので、なんかピンとこないなあ・・・。
(金子山の山頂から市街地を望む。長宗我部軍はここから小早川の大軍を見たんだろう)

24:土居構跡・・・愛媛県西条市中野にある。長宗我部元親に従った石川氏の館跡。現在も子孫の方がお住まいで、門までしか入れません。車を停めるところがなくて、さっと撮影してすぐに去った。
25:国分城・・・愛媛県今治市唐子台にある。村上水軍の村上武吉が、この近辺も手に入れようと考え築いた城。長宗我部元親が攻めたかどうかは良く分からない。
 ここは結局、場所が良く分からなかった。それらしき山を撮って終了。
26:今治城・・・愛媛県今治市通町にある。言わずとしれた藤堂高虎が築いたお城。
 しっかり復元されて立派なのはいいんだが、復元され過ぎて作り物っぽい雰囲気が漂っていた。ただ行ったことのある人から「今治城はしょぼい。洗濯物は干してあるし、民家もあるし・・・」と悪い評判を聞いており、まったく期待せずに行ったので、返って良かったかも・・・。民家は確かにあったけど、まあ別にいいや、そんなこと。
 あと、この日は近くの中学生が遠足に来ていて賑やかだったことこの上なかった。
(元気な中学生達)

(藤堂高虎の像と天守閣)

(石垣がむき出しの素敵な造りのトイレ。石垣の隙間にスポンジが置いてあった。お食事中の方、申し訳ありません)

27:大通寺・・・愛媛県松山市下難波にある。河野氏と来島氏の墓がある。寺は四国征伐の際に焼かれたが、その後、再建された。
 河野氏と来島氏の墓は一般の方のお墓と場所が別れているのを知らず、墓地を探し回ってしまった。無駄に疲れた。
(河野通朝の墓付近から大通寺を望む。例によって隣は幼稚園)

28:松山城・・・愛媛県松山市丸之内1にある。現存天守が残る城の一つで、門や櫓なども多数現存している。
 ここは雰囲気に圧倒された・・・。現存天守では姫路城に次ぐ規模と良さではないだろうか。今日、初めての一般人を連れてきても大丈夫な場所だった。

(よく分からないマスコットキャラクター)

 これにて本日は終了。まだ明るかったが、足に疲労が蓄積されてきていたので、松山市内のホテルに行って、横になって読書をしていた。
感想:今回は長宗我部色が薄かったかな・・・。でも金子城に行けたのは嬉しかった。
 「暑いなあ」と思いながら運転していたら、夜のニュースで今年初の夏日を記録していたのを知った。暑いはずだ・・・。
 明日も引き続き愛媛県です。まだまだ元気ですよ。日焼け止めクリームもちゃんと買ったし。

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4 thoughts on “四国一周史跡巡り(3日目:仏殿城・金子元宅の墓・今治城・松山城)

  1. >柳葉すくもさんへ
    説明不足でした。「石垣むき出しのトイレ」はお城の受付近くにあるトイレです。男子だけなのかな?女子トイレは確認しておりません(当たり前だ)。

    松山城のキャラクターは何なんでしょうか・・・。二ヶ所で見ましたが、誰も立ち止まらず完全に無視されていました。
    古そうな感じがしたので、ひこにゃんよりも前だと思います。
    人気は出そうにはないなあ・・・。

  2. >キヘイジさんへ
    松山城はいいですよ~。ご家族と道後温泉に行かれた際にでも是非・・・。
    キャラは何がモチーフなのかよく分かりません。ネットでも引っかからないですし。

    1585年の四国征伐は、ちょっと古めの言い方をすると「四国の役」、もしくは「四国の陣」が公平かつ分かりやすくていいと思いますけどね。
    天正=四国征伐の時期っていうイメージがないですもんねえ・・・。

    >藤堂高虎コンプリートにまた一歩近づきましたね!(笑)
    がっ!キヘイジさんの思惑通りに事が進んでいる^^;

  3. 「石垣むき出しのトイレ」お城と隣接してるということでしょうか。
    壁に石垣使ってるんですね・・。こんなトイレ初めて見ました。(笑)
    しかも隙間を上手に使っている!!(笑)

    私も「天正の陣」は初めて聞きました・・・。(@_@;)

    松山城のキャラクターも初めて見ました。今人気のゆるキャラですね・・。
    ひこにゃんに追いつけとばかりに考案されたのでしょうか・・?
    (こっちが先だったらすみません)

  4. おおっ松山城!
    いやー、やっぱり現存天守は違いますね。
    キャラの毛が茶色なのが無性に気になります(笑)。

    「天正の陣」は初耳です。
    確かに、長宗我部側から見れば「四国征伐」ではないわけで、何かしらの呼称があるはずですよね。盲点でした。

    藤堂高虎コンプリートにまた一歩近づきましたね!(笑)

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