大行日吉法印の墓(三河万歳)

住所:愛知県安城市西別所町中新田

 三河万歳とは三河地方を本拠として発達した万歳(千秋万歳をことほぐ意)。また、その演者。烏帽子に大紋を着た太夫と鼓を打つ才蔵とが家々を回って祝言を述べ、こっけいな掛け合いを演じて人気を得たものである。現在でも行っている地域があるという。
 1467年、熱田の僧が当地に逃れて万歳を伝えたのが始まりと伝わる。松平氏が安祥城に進出した頃から万歳師が矢よけの祈祷を行い戦場にも付き従った。その後、徳川家康に庇護され発展したが、この時に万歳師を統率していたのが大行日吉法印だと考えられている。

(墓地の一角に建つ大行日吉法印の墓)

(大行日吉法印を祀る堂。墓から南に200メートルほど行ったところに建つ)

感想:三河万歳と聞くと、ドラマ「風神の門」で主役の忍者達が家康を暗殺するため近づく手段として稽古をして身につけたのを思い出します。




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