●秋穂(あいお)正八幡宮
住所:山口県山口市秋穂西337(字 宮ノ旦)
主祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。弘仁5(814)年、嵯峨天皇が西戎(朝敵)降伏鎮護の神として、豊後の宇佐八幡宮から秋穂二島(山口市秋穂二島)の波打ち際に勧請し、祀ったのが始まりである。このとき、嵯峨天皇より勅額と紺紙金泥の法華経を賜った。
応永元(1394)年に焼失したため、大内盛見が再建に着手した。しかし、永享3(1431)年、少弐氏や大友氏との戦いで盛見が戦死したため再建が中断する。その後、再建された。
大内氏が滅亡し、毛利氏の時代になると社領が25石、除高が6石だった。近世に入ると蛾による被害で社殿の傷みが激しくなり、元文5(1740)年に長州藩主の毛利宗広が再建する。山口県特有の楼拝殿造で建てられ、本殿、拝殿、楼門は国の重要文化財に指定されている。
(楼拝殿造の社殿。本殿と拝殿に楼門がついており、左右に翼廊がある。素人の自分でも独特なのが分かる)

(八幡宮由来碑。長野県高遠町の砲術家の坂本天文が文を書いた)

感想:楼拝殿造の社殿は一見の価値ありです。
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