聞善寺(多賀山通定の嫡子が創建)

●聞善寺(ぶんぜんじ)
住所:島根県仁多郡奥出雲町亀嵩1594

 浄土真宗。日倉山城主・多賀山通定は尼子氏に仕えていたが、雲芸攻防戦の最中に毛利軍の攻撃を受け城は落ちた。しかし嫡子の鶴若丸は逃れ祐正と号し角木村(奥出雲町三所角木)に草庵を結び、のちに亀嵩玉峯山の山麓に照蔵坊を創建した。寛永2(1625)年、現在地に移転し聞善寺と改号する。
 通定は雲芸攻防戦の頃は毛利氏に味方して一族は尼子氏によって殺害されたというのが通説である。そのため、鶴若丸は尼子氏の粛清を逃れた者の可能性もある。

聞善寺

聞善寺

感想:『山陰の戦国史跡を歩く 島根編』から割愛した史跡です。


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