その土地の権利は誰のもの?(防府天満宮文書の国司元信書状)

・原文
御寺領御打渡之内奈美村之事、従前々御社領ニ付而、貴僧様田地被成御引候、持留之儀ニ候条、今度御寺領へ打渡申候、然者香川先給内藤隆春様御拝領ニ付而従散使渡不申候哉、従最前御存知之儀と申、隆春様御領ヘハ入不申候、各別之事候条、能々可被仰分候、定御押領者有間敷候間申事候、自然二重付共候者可承候、馳走可申候、無然候者御奉行衆へ可被仰伺事、
一 密蔵坊分善助拘所、百性相究申候条、調可申候、
一 東覚坊屋敷、是又明白ニ申付之候、何篇於此方者少も違目御座有間敷候、地下中御究専一候、為其対郡司用奉書候、如此候条、重而不及御尋候、恐悼謹言、
追伸:呉々隆春御領分御寺領入加之事ニ候へ共、各別之子細ニ候条、直ニ被聞召
候者、出入者御座有間敷候、諸給入組歴々ニ候条申事候、巳上、
永禄八年八月六日 国司雅楽允元信
大専坊まいる貴報

・読み下し
御寺領御打渡の内奈美村(防府市奈美)の事、前々より御社領につきて、貴僧様田地御弓はなられ候、持留の儀に候条、今度御寺領へ打渡申し候、しからば香川先ず給い内藤隆春様御拝領につきて散使より渡さず申し候や、最前より御存知の儀と申し、隆春様御領へは申し入らず候、各別の事候条、よくよく仰せ分けられるべく候、定て御押領はあるまじき候間申す事候、自然二重つきども候はば承るべく候、馳走申すべく候、無然候は御奉行衆へ仰せ伺われるべき事、
一 密蔵坊分善助拘え所、百性相究め申し候条、調え申すべく候、
一 東覚坊屋敷、是又明白に申し付きの候、何篇於いてこの方は少しも違目御座あるまじく候、地下中御究め専一候、そのため郡司に対し奉書を用い候、この如く候条、重ねて御尋及ばず候、恐悼謹言、
追伸:くれぐれ隆春御領分御寺領入り加えの事に候へども、各別の子細に候条、直に聞き召され候はば、出入りは御座あるまじく候、諸給入組歴々に候条申す事候、

・意訳
 大専坊の寺領として引き渡される予定の奈美村の件についてですが、以前からこの地は防府天満宮の社領(神社領)であったため、貴僧様は田地の権利を手放されました。しかし、この奈美村は毛利家の裁定で大専坊が保有し続けるという決定になりましたので、今改めて寺領として引き渡しを行います。
 しかし香川氏が最初に拝領し、その後内藤隆春様が毛利家から拝領したという経緯があるため、散使(毛利家の使いヵ)から大専坊に引き渡しがされないのでしょうか。このことは以前からご承知のことと存じますが、隆春様の領地へ奈美村の領有権を組み入れるわけではありません。これは特別な事情がある一件ですので、よくよく話して境界や権利を明確にすべきです。もし横領する者があれば必ず取り締まりますので、ご安心ください。
 もし万が一、この地が二重に宛行われるような事態が起きたとしても、私が責任をもって対処し、奔走いたします。もしそれが無用であるならば、この決定内容について毛利家の奉行衆に伺ってください。
一、密蔵坊領分の、善助が耕作している場所について。百姓が年貢などに関して困窮を訴えているようですので、取り調べて解決すべきです。
一、東覚坊の屋敷地についても、これまた寺領であると明確に言い付けました。どのような状況になっても、この場所については寺領であるという事実に少しも間違いがあってはなりません。まずは地元の住民が納得することが最も重要です。そのため、郡司に対してこの内容を伝える奉書を出しました。このような事情ですから、この件について重ねて毛利家に確認される必要はありません。恐悼謹言
追伸:重ねて申し上げますが、内藤隆春様の領地と貴僧様の寺領が入り混じることになりますが、特別な事情によるものです。毛利家に直に聞かれたならば、出入(訴訟沙汰のこと)は起こらないでしょう。この地域は諸領主の給地が複雑に入り組んでいますので、念のため申し上げておきます。

・感想
 かなり前に読み下しと意訳をしたので、はっきりしたことを覚えていませんが、とにかく権利が複雑に絡んで理解がしづらかったです。こんな内容だったか・・・?
 このように権利がいくつも絡んで毛利家が戦功となる土地を宛がうのに苦労した文書を他にも見た記憶があります。

(防府天満宮)
防府天満宮


奇特な星が出現!(満願寺文書の毛利輝元書状)

・原文
星きとく候、天下之儀とハ乍申、諸人之気遣事候、ゑき御とらせ候哉、か様之時儀二てこそ候、いかゝ候哉、何も祈念立願も内々可入儀候、祈念事ハ今ほとハ成間敷候、立願之日から御らん候て可給候、為御心得候ゝ、恐々かしく、
(日付不明)
満願寺まいる

・読み下し
星奇特候、天下の儀とは申しながら、諸人の気遣いこと候、易御とらせ候や、か様の時儀にてこそ候、如何候や、何も祈念立願も内々入るべく儀候、祈念事は今ほどはなるまじき候、立願の日から御覧候て給うべく候、御心得たる候御心得たる候、

・意訳
奇妙な星(流れ星ヵ)が現れた。天下(この場合は世間一般ヵ)のこととは言いながら、人々が心配している。この星についての易(占い)はされていますか。このような時にこそ占うべきではないでしょうか。どう思われますか。いずれにしても領国安泰の祈念と立願を内密にお願いします。祈念は今のままで充分です。立願はいつの日が良いか見ておいてください。そのことをくれぐれも心得ておいてください。

・感想
 奇特とは「良いこと」や「不思議」の意味だそうですが、その後の内容を見るとこの書状では悪いことが起こる前兆だと受け取られているようです。毛利輝元も立場上、不安がる訳にはいかないですが、内密に領国安泰の祈念をお願いしているところを見ると心配なようです。
 「天下之儀とハ乍申」が何の意味か分かりませんでした。「自然現象とは言いながら」とも考えたのですが、当時はそんな考え方はなさそうなので、次の文節を考えると「世間一般の事とはいえ騒いでいる(ので放ってはおけない)」みたいなニュアンスだと解釈しました。

(萩城跡に建つ毛利輝元像)
毛利輝元


毛利領国、最大の危機!(満願寺文書の毛利輝元書状)

・原文
御日待御月待十二人にて、毎日可申付候、当年中少之間事候、家ため、家中ため、一身のため、万之ためにて候、其外存出大なる大儀之祈念専一候、各之神力仏力此時候、いつも之様心得候てハ不及是非候、中国も家もー身も、此時二一大事相極候、分別前候へとも申候、為届候ゝ、是非此時候、万吉々々、かしく、
廿九日 てる(花押)
満願寺
佐石(佐世元嘉)

・読み下し
御日待御月待十二人にて、毎日申し付けるべく候、当年中少しの間事候、家ため、家中ため、一身のため、万のためにて候、そのほか存じ出だす大なる大儀の祈念専一候、各々の神力仏力この時候、いつもの様心得候ては是非に及ばず候、中国も家も一身も、この時に一大事相極候、分別前候へども申し候、届けたる候届けたる候、是非この時候、万吉万吉、畏、

・意訳
 日待(※1)と月待(※2)の行事は、僧侶十二人で毎日を行いなさい。今年一年の内の短い期間だけですので、毛利家のため、毛利家中のため、輝元自身のため、毛利家領内全てのために行いなさい。その他、思く限りの重大な目的のため祈祷を最優先しなさい。
 各人が信じる神や仏が力を発揮するのはこの時です。いつもの行事と同じように思ってはいけません。中国地方も毛利家も輝元自身も今が瀬戸際です。皆さんは分かっていると思いますが言っておきます。重ねて伝えておきます。今が大事な時です。万事、良い結果になりますように。
※1 人々が集まり前夜から潔斎して一夜を眠らず、日の出を待って拝む行事。
※2 月の出を待って拝む行事

・感想
 これを読んだ時、最初は毛利・織田戦争の終盤(天正10年頃)だと思いました。しかし佐世元嘉が石見守を名乗ったのが文禄年間で、しかもネットで検索するといくつかヒットして関ヶ原の戦い後の有名な文書だと知りました。
 これは慶長5年9月29日の関ヶ原の戦い直後で、毛利家にどのような処分が下るかというところだそうです。それは確かに「此時二一大事相極」という状況です。
 「各々の神力仏力この時候」ですが、「各人が信じる神や仏が」と意訳しましたが、「様々な神や仏の力を発揮」と意味を取れなくないかなと迷っています。

参考文献:毛利輝元卿伝、防府市史 通史 2(近世)

(萩城跡に建つ毛利輝元像)
毛利輝元