中国・九州史跡巡り2010(4日目前編:明禅寺城・於福の供養塔・常山城)

 2010年8月14日(土)、岡山市中心部のホテルで目が覚める。朝食を済ますとまずは歩いて近くの史跡に行く。

23.光珍寺・・・岡山市北区磨屋町6-28。宇喜多家の菩提寺。
感想:朝早すぎたのか開いてなかった。まあ、仕方がないか・・・。ここなら岡山駅に寄ったついでに来られるし。

(近代的な光珍寺)

24.明禅寺城・・・岡山市中区沢田。1566年、宇喜多直家が備中松山城主・三村元親に対抗するため築いた城。翌年、直家は三村軍と明禅寺城を舞台に戦って大勝利をおさめている(明禅寺合戦)。
感想:前日の天神山城のダメージが残っていて登るのが辛かった><

(本丸)

(巨石)


25.徳与寺・・・岡山市中区徳吉町1丁目2-33。宇喜多直家の正室・於福の供養塔がある。
感想:山門や本堂から少し離れた墓地の中にある。ここはとにかく蝉がうるさかった。

(山門)

(於福の供養塔。でかい。解説には於福のことを「岡山のクレオパトラといわれた」と書いてあったが、私は聞いたことが無かった)


26.早島戸川家陣屋跡・・・岡山県都窪郡早島町早島1292。宇喜多家の旧臣・戸川家の分家が江戸時代になって陣屋を構えた場所。遺構は堀の一部などが残っている。
感想:あんまり見所はなかったなあ・・・。

(堀の一部)


27.常山城・・・岡山県玉野市字藤木。標高307メートルの常山にある城。三村一族の上野隆徳が城主を務めていたが、1575年に毛利氏によって攻め落とされた。その後、宇喜多直家の重臣・戸川氏が城主となり整備される。関ヶ原の戦い後に小早川秀秋の重臣が入ったが、小早川家が断絶し池田家が入ると廃城となる。曲輪などが残る。
感想:山頂近くの駐車場は広かったが、そこまでの道が狭くちょっと運転が怖かった。

(1575年の戦いの際に奮戦した隆徳の妻・鶴姫と侍女達及び城主一族の墓石。二の丸にある)

(上野隆徳が切腹した場所と伝えられる腹切岩)

(本丸にあるやばそうな雰囲気の展望台)

(展望台から見た風景)


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