中国・九州史跡巡り2010(3日目後半:松田元成の墓・金山寺・足守陣屋)

19.松田元成・大村盛恒墓所・・・岡山市東区塩納山ノ池。松田元成は金山城主で備前西部に勢力をもった国人。1484年、赤松氏の城である備前福岡城を落とし、勢いに乗って三石城を攻めようとしたが天王原の戦いで敗れ、この地区まで逃げ延びたが力尽きて自害している。
 元成が自害した際、大村盛恒は尼子氏の使いを終えて出雲から戻ってきたが、僅かの差で元成に会えず後を追っている。
感想:墓のある山ノ池の集落への道が分からず迷いまくった。

(右が元成、左が盛恒)


20.金山寺・・・岡山市北区金山寺481。719年の創建で備前四十八カ寺の天台宗本山として栄えた古刹。1501年、松田氏から日蓮宗への改宗を拒否したため焼き討ちにされたが、のちに宇喜多直家や忠家の庇護を受けて復興した。多数の建物・文書などが重要文化財に指定されている。
感想:山門が工事中だったが、通してくださった。ありがとうございます!

(山門はご覧の通り)

(本堂。確かこれが直家が復興したものだと思う)

(三重塔)


21.足守陣屋・・・岡山市北区足守。1601年、北政所の兄・木下家定が2万5千石を与えられたのが始まりである。その後、北政所が家康の怒りを買ってしまい改易されたが、1615年に家定の次男・利房が再び足守藩主として返り咲き、幕末まで存続した。現在は公園として整備されている。
感想:街並み、公園共に良く整備されていた。

(侍屋敷)

(陣屋跡)

22.大光寺・・・岡山市北区足守219。木下氏の菩提寺。木下一族や豊臣秀吉・北政所の位牌を安置した霊廟がある。
感想:何故か住職の奥様と愛知県稲沢市の国府宮で行なわれる「はだか祭り」の話になった。岡山市の西大寺で催される裸祭りから話が発展したような記憶がある。

(木下家墓所)

(霊廟)


 日が暮れてきたので、次の予定は明日に回して岡山市のホテルに向かった。
本日の感想:天神山城で時間と体力を取られた・・・。でも、苦労して行くだけの価値がある城だとは思う。

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