日本二十六聖人殉教地(日本で殉教した26人の処刑地)

●日本二十六聖人殉教地
住所:長崎県長崎市西坂町7-8
駐車場:西坂公園の駐車場あり

 県指定史跡。天正15(1587)年、豊臣秀吉がバテレン追放令を出したが、南蛮貿易との関係があり禁教は不徹底だった。文禄5(1596)年、土佐の沖合にイスパニア船「サン=フェリペ号」が漂着する。これを知った豊臣秀吉は積み荷を没収し、その乗組員を拘留。この時、スペインが他国に宣教師を遣わして布教事業と共に征服も行うという話を聞いたという(サン=フェリペ号事件)。
 慶長2(1597)年、その影響により秀吉は禁教を強化し、フランシスコ会のバテレン3人、イルマン3人、日本人信徒17人、イエズス会の日本人イルマン3人の合計26人が捕らえられて、長崎で処刑(殉教)した(日本二十六聖人)。
 処刑の場所はサン・ラザロ教会近くの高い丘で執行され、そこに十字架が備えられている。この丘は処刑される者たちがキリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に似ているため希望したという。
 その後も宣教師や信者をこの丘で処刑された。近世中期には外国人と抜け荷をしたキリシタンではない日本人も処刑されている。
 慶長2(1597)年の26人の殉教者は外国でも広く知られ、文久2(1862)年にローマ教皇が聖人に列した。昭和25(1950)年には、ローマ教皇・ピオ十二世が当地を公式巡礼地と定め、、昭和31(1956)年には県の史跡に指定されている。

(昭和37(1962)年に完成した二十六聖人等身大のブロンズ像嵌込記念碑。列聖百年を記念して建てられた)
ブロンズ像嵌込記念碑

(日本二十六聖人殉教跡の碑)
日本二十六聖人殉教跡の碑

(丘全体)
丘全体

(日本二十六聖人記念館。ここで観光客に写真を撮ってくれと頼まれた。この施設は長崎市の中でも特に外国の方が多かった)
日本二十六聖人記念館

日本二十六聖人記念館

(聖フィリッポ西坂教会。二十六聖人のうちの1人、フェリペ・デ・ヘススの祖国メキシコからの寄付などで建てられた)
聖フィリッポ西坂教会

聖フィリッポ西坂教会

参考文献:長崎県の地名長崎県の歴史散歩日本二十六聖人記念館ながさき旅ネット

感想:私を含む大抵の日本人は観光で来ていたと思いますが、外国の方によっては聖地巡礼として来ていたのでしょう。